ジャーニー(Journey)は2020年に新しいメンバーとしてドラマーの
ナラダ・マイケル・ウォルデン(Narada Michael Walden)の加入を発表しましたが、ウォルデンは今年初めに脱退しました。なぜだったのでしょうか? ウォルデンの後にジャーニーに復帰し、ダブル・ドラムとして一緒にツアーも行った
ディーン・カストロノヴォ(Deen Castronovo)によると、予期せぬ健康問題のために脱退を決めたという。Ultimate Classic Rockのインタビューの中で明らかにしています。
Q:彼がバンドを続けなかったことに関して、最終的に違う方向に進んだのはなぜですか?
「ペンシルバニアでライヴをやっていたんだ。彼はライヴの後、あまり気分が良くなかった。実は彼はライヴの後、軽い心臓発作を起こしたんだ。みんな怖かった。パニックになったのを覚えているよ。“一体どうすればいいんだ!”って感じだった。結局、彼はそこにとどまり、すぐに回復してくれた。でも、ニールは(ウォルデンを除いた)5人でやっていくのが一番いいんじゃないかと考えたと思う。ナラダも同じような考えだったと思うよ。彼には小さな子供がいて、赤ちゃんが生まれたりしていた。彼は“家に帰りたい”と考えていたと思う。二人とも納得していた。“健康に気をつけ、家族を大切にし、子供たちに寄り添うべきだ”とね。もし僕にそんなことがあったら、真っ先にこう言うだろうね。“辞めたい。自分自身を大切にしなければならないし、子供たちのためにも必要なんだ”」
また、カストロノヴォは同じインタビューの中で、ウォルデンと一緒に仕事をすることができた時間、そしてその経験から学んだこと、ジャーニーが2017年に日本武道館で行った公演についても話しています。
Q:あなたが再びジャーニーのメンバーに戻る道をどのように見つけたかについて教えてください。
「ちょっとほろ苦い感じだった。7月19日に母が亡くなって、家族と一晩中起きて、話をしたり思い出話をしたりしていた。朝4時くらいに寝た。トイレに行くために起きると、朝の6時くらいにニールからメールが来ていたんだ。彼はシカゴにいた。“ディーン、もし可能なら、ナラダと一緒に曲を演奏するために来て欲しいんだ。たった2回のライヴなんだけど”。ナラダは、ニールが求めているニュアンスをうまく表現できていなかった。彼は“ぜひ、一緒に仕事をしよう。2回だけでいい。できるかい?”と言うので、僕は“1日だけ時間をくれないか?母が亡くなったばかりなんだ......”と言ったんだ。それで、1日だけ時間をもらって、結局、飛行機で出かけたんだよ。部屋に入ったら、みんないた。もちろん、僕もみんなも涙を流していたよ、あまりに久しぶりだったからね。僕のドラムセットの真向かいには、ナラダがいて、彼はすごくいい音を出していた。彼は素晴らしい音を出していたよ。ただ、彼がまだ理解していないことがあったので、僕はそれを助けて、僕たちが何をしたかを教えてあげたんだ。それから、2017年に2枚のレコード(『Frontiers』と『Escape』)を再現したときの武道館(公演)でのスティーヴ・スミスの演奏を思い出した。それを一緒に研究していたら、ニールが“この2枚のライヴは2人のドラマーでやろう。2人で演奏したらどう?”と言い出したんだよ。最初のライヴはAragon Ballroomでやったんだけど、これはウォームアップみたいなものだった。うまくいったよ。ロラパルーザでもナラダと一緒にプレイして、信じられないような体験をしたんだ。
そこから物事がどんどん進んでいったんだ。リハーサルに参加したとき、僕は知らなかった......ただ、この2つのライヴをやるんだと思っていたんだ。ニールがツイッターだったと思うけど、“ディーンがバンドに戻ってきたよ”って書いてくれたんだ。知らなかったよ!僕には何も言ってこないんだ。何も言われなかった。朝起きたらみんなからメールが来ていた、“おめでとう!”ってね。“ツイッター見た?”“見てない”と言った時、見たんだ。即座にニールに電話して“これ本当なの、兄弟?本当?”。彼は“ああ、兄弟、この2人のドラマーがどうなるのか試してみたいんだ”と言ったん。あとは知っているとおり。つまり、僕はここにいて、仕事をしていて、戻ってこれて本当に嬉しい。それしか言えないよ。毎日、イエスに感謝しているんだ」
Q:ダブルドラマーをやったことはありますか?
「ないよ。リハーサルをそれほど長くしていないのに、この2人の組み合わせはかなり強固なものだった。僕を呼んだときには、5日間しかなかったと思う。でも、とてもうまくいった。ナラダはフィーリングで、僕はもう少しストレートに演奏した。ナラダの演奏はスウィングしていて、僕がループをやって、その上でナラダが演奏しているような感じだよ。信じられないほどだった。本当に素晴らしいサウンドだった」
Q:彼と一緒に演奏して一番面白かったことは何ですか?
「彼の血統を知ったことだね。彼が(たくさんのアルバムを)プロデュースしていることは知っていたけど、マハヴィシュヌ・オーケストラとかと一緒に演奏したとか、そういうことは全然知らなかった。ナラダ・マイケル・ウォルデンは、史上最高のプレイヤーのひとりだけど、プロデューサーとして、ホイットニー・ヒューストンやアレサ・フランクリンの曲を演奏していることだけは知っていたんだ。彼の過去については、あまり掘り下げて考えたことがなかったんだ。バンドに入り、彼と仕事をするようになってからは、彼のディスコグラフィーを見て、曲を聴くようにしたんだ。(スティーヴ)スミスもそうだけど、彼らは象徴的なプレイヤーであり、素晴らしい才能を持っている。彼らの演奏を聴いて、そのフィーリングをコピーしようとしたんだ。僕はロック・ドラマーだ。ロックなドラムを叩く。それが僕が常にやってきたことなんだ。スミスは謙虚な姿勢と繊細さ、そして力強さを教えてくれる。彼はパワフルなドラマーだ。ナラダはすごい。それ以上付け足すものはないよ」
Q:ナラダと一緒に仕事をするようになって、武道館でのライヴを見たという話が好きです。あれは特別なライヴだったんですね。
「そうだね。80年代のスティーヴ・スミスはこのスタイルでカッコよかったんだ。ドラム・テックのスティーヴ・トゥーミーと話をした。“彼はどうやってアプローチしたんだろう?”と言うと、彼は”彼が(ラインナップに)戻ってきたとき、あのとき自分が何をしていたのかわからない、と言っていた。あの頃の僕は違うドラマーだった。今は違うドラマーだから、違うアプローチをするつもりだ”と言っていた。彼は曲をよりモダンにするために、本当にクールなものをたくさん加えたんだと思う。彼にとっては同じものではなく、新しい曲なんだ。(武道館公演での)彼のパートをいくつかピックアップした。僕は今、実際にいくつかの曲でそのようにやっている。彼は違うアプローチをした。完全に変えて、また自分のものにしていた。それがスティーヴ・スミスの素晴らしさだよ。彼は、自分がやったことに決して満足しないんだ。彼はいつも手を伸ばし、いつも探求していて、それは美しいことなんだよ」