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ブライアン・ロバートソン、わずか18か月間のモーターヘッド時代を回想、曲の区別がつかなかったこと/バンドを去るよう言われて正直ホッとしたこと

2026/03/03 20:05掲載
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Lemmy Kilmister,  Brian Robertson - Motorhead (Image credit: Paul Natkin/Getty Images)
Lemmy Kilmister, Brian Robertson - Motorhead (Image credit: Paul Natkin/Getty Images)
シン・リジィ(Thin Lizzy)での活躍でも知られるギタリストのブライアン・ロバートソン(Brian Robertson)は、モーターヘッド(Motörhead)に在籍したことがありますが、在籍期間はわずか18か月で、参加したスタジオ・アルバムは1983年の『Another Perfect Day』のみでした。後にレミーはこの時期を「俺たちのキャリアで最低の時期だった」と振り返っています。ロバートソンは英Classic Rockの新しいインタビューの中でモーターヘッド時代を振り返っています。

ロバートソンは、1982年春、アメリカ・ツアーの最中にモーターヘッドに加入。“ファスト” エディ・クラークの後任として、急きょ渡米しました。

「飛行機の中で曲を聴き始めたときから、これはヤバいぞって思ったよ。曲の区別がつかなかったんだ。

(事前に知っていたモーターヘッドの曲は“Ace of Spades”だけだった)

ステージ脇でフィル(テイラー/ドラム)に言ったんだよ。“一体どうすりゃいいんだ? 曲の違いが分からない”って。で、こう思った。“まあ、もうとにかく出てやるしかない…”。結局、その夜は一晩中ずっと同じ曲を弾いてたような気がするよ」

ロバートソンはモーターヘッドでの時間を楽しんだし、レミーと「衝突したわけじゃない」そうですが、1983年11月にバンドを去るよう言われたときには、正直ホッとしたと認めています。

「うまくいってなかったんだ。あの最後のヨーロッパ・ツアーでは、チケットが売れていなかった。だから連中はこんなアイデアを思いついた。誰かが病気になったことにしてツアーを中止し、保険金を受け取ろうって。選ばれたのは俺だった。だからロード・クルーと一緒に部屋で2晩も徹夜したよ。プロモーターとつながっている医者を呼んできて、保険会社向けの診断書にサインさせたんだ。

その時点で俺は明らかにもう詰んでいた。ロンドンに戻ったら、(レミーら他のメンバーが)やってきて、“ここで別々の道を行くべきだ”と言ってきた。俺はまったく問題なかった。すでに他のことを考えていたからね。決定的に仲違いしたわけじゃない。

(モーターヘッドとシン・リジィの違いを尋ねられ)

まるっきり正反対だね。彼らはリハーサルもサウンドチェックも好きじゃなかったし、スタジオに入るのもあまり好きじゃなかった。(リジィは)パーティー好きだったけど、モーターヘッドはノンストップだったよ」