
Rolling Stones and Don Was (c)Getty
1990年代初頭、
ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)は
ドン・ウォズ(Don Was)とのパートナーシップを開始しました。プロデューサーであるだけでなく、
ミック・ジャガー(Mick Jagger)と
キース・リチャーズ(Keith Richards)の仲介者でもあったウォズは、いかにしてストーンズと仕事をすることになったのか? その経緯を米Guitar Worldの最近のインタビューの中で語っています。
「レーベルは彼らにプロデューサーを付けたがっていた。バンドがSIRでベーシストのオーディションをしている間、僕をNYCに送り込んだんだよ。
ミックとキースがやって来て、僕の両側に座って、二人とも同時に話し始めた。どちらもお互いに譲ろうとしない。まるで卓球の試合でも見てるみたいに、僕の頭は右へ左へと行ったり来たりした。
僕が理解した限りでは、ミックはプロデューサーに求める条件を説明していて、キースは“クソみたいなプロデューサーなんて必要ない”と主張していたんだよ(笑)。それが2分くらい続いた。あの状況では、耐え難いほど長い時間だったよ!
(やがて、部屋は沈黙に包まれました)
するとキースが言った。“本当に、このサンドイッチの中身になりたいのか?”。僕は、二度と彼らに会わないだろうと思いながらその場を後にしたよ。
(しかし)
4日後、キースから電話がかかってきて、あの時の無愛想な態度を謝り、プロデューサーが必要かもしれないと言ったんだ。
それから、(次回作である)『Voodoo Lounge』ではドン・スミスをエンジニアとして起用したいとも言っていた。ドンは、彼がエクスペンシヴ・ワイノーズとやったソロ2作でも素晴らしい仕事をしていたからね。ただミックはミキシング・コンソールの後ろに中立的な人間を置きたがっていた。そこでキースは僕にその件について彼と話してほしいと言ったんだよ。
実は、ドン・スミスとはよく一緒に仕事をしていて、彼の仕事が大好きだったし、このアルバムにぴったりだと思っていたんだ。それでミックに電話して、ドンはキースの推薦ってだけじゃなくて、僕自身の第一候補でもあるって伝えた。ミックは折れて、ドン・スミスの起用が決まったとキースに連絡したら、彼が“お前の名前はドン・ウォズ(Don Was)じゃない。ドン・イズ(Don Is)だな”って言ったんだよ。
こうして僕は雇われて、このシャトル外交(※対立する当事者同士が直接接触することなく、第三者が間に入り、一方から他方へ提案を伝えたり、意見を調整したりすること)のようなやり取りは、その後25年間も続いたんだ」