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ローリング・ストーンズ加入が噂されたハーヴェイ・マンデル キースがストーンズ入りを阻んだと主張 今でも自分を入れるべきだったと思っていると語る

2025/02/13 16:48掲載
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Harvey Mandel performing in 1977
Harvey Mandel performing in 1977
ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)からミック・テイラーが脱退した後、後任ギタリストの候補に挙がっていた一人がハーヴェイ・マンデル(Harvey Mandel)。彼はなぜ自分ではなくロニー・ウッド(Ronnie Wood)が後任となったのか、米Guitar Worldの新しいインタビューの中で語っています。キース・リチャーズ(Keith Richards)がストーンズ入りを阻んだと主張しています。マンデルは今でも心の底では、自分を入れるべきだったと思っているようです。

「当時、俺はロサンゼルスに住んでいた。真夜中に突然電話がかかってきて、相手はミック・ジャガーだったんだ。最初は誰かのいたずらかと思ったんだけど、数分間話しているうちに、相手がミック・ジャガー本人だとわかったんだ。

彼らは当時ドイツにいて、彼からは“ドイツに来てほしい”と言われた。ストーンズのオーディションだとは言わなかった。レコーディングに参加するために来てほしいと言っていた」

ストーンズは、1976年アルバム『Black And Blue』のレコーディングで「Hot Stuff」と「Memory Motel」の2曲にマンデルを起用しますが、最終的には、バンドと親交が深かったロニー・ウッドが正式にバンドに加入しました。

マンデルはキース・リチャーズがローリング・ストーンズ入りを阻んだと主張しています。

「翌日、ロニー・ウッドがやって来た。ロニー・ウッドとキース・リチャーズは友人だった。彼らは一緒に育ち、よくつるんでいた。俺はミック・ジャガーに呼ばれて演奏したが、キース・リチャーズはロニー・ウッドを望んでいた。結局、ロニー・ウッドが選ばれたのは、キース・リチャーズがロニー・ウッド以外は認めないという力を持っていたからだ。俺は出し抜かれたようなものなんだ。

ロニーはいい奴だった。彼のクラブで演奏したこともあるし、何度か一緒に演奏したこともある。実際、彼は本当にいい奴だった。でも、現実をちゃんと見ろ。彼はミック・テイラーでもなければ、ハーヴェイ・マンデルでもない。彼は俺に言わせれば、Cプラスのギタリストだ。

彼はライヴを盛り上げ、跳ね回ったりして、その熱狂の一部となることはできたが、実際のプレイヤーとしては俺を感心させることは決してなかった。だから、もし俺が演奏していたら、彼らは音楽的にずっと良くなっていたと思う。ロニー・ウッドはショーには必要なかった。ミック・ジャガーこそがショーだったんだ」