デヴィッド・ボウイ - 幻想と素顔の狭間で - ©SHORELINE ENTERTAINMENT
ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ - 幻想と素顔の狭間で -』が2025年に日本公開決定。
デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の命日となる1月10日に全国公開されます。ボウイが初のヒット曲「スペイス・オディティ」で注目され、徐々にスターとしての地位を確立していった初期の時代を回想する音楽ドキュメンタリー。
■『デヴィッド・ボウイ - 幻想と素顔の狭間で -』
2025年1月10日 ヒューマントラストシネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺 他 全国公開
グラムロックの「革命児」から世界の「大スター」へ:序章
<イントロダクション>
2016年1月、肝癌により69歳で死去したデヴィッド・ボウイ。その2日前の誕生日にアルバム『ブラックスター(★)』をリリース、グラミー賞5部門を受賞するなど最後まで創作意欲を失わなかった伝説のロックスターの初期の時代を回想する。60年代後半、ボウイはグラムロックの先駆者として注目を集め、2枚目のアルバム『スペイス・オディティ』が大ヒット。その奇抜なファッションとパフォーマンスで世界を席巻していく。
本作では、BBCのプロデューサーのジェフ・グリフィンらがボウイがいかにしてスターダムに上り詰めていったかを語るほか、バックバンドの「スパイダーズ・フロム・マーズ」として、ボウイと一つの家に住み、ボウイのアルバム制作やツアーに参加したハービー・フラワーズ、ウッディ・ウッドマンゼイが、制作秘話や解散までを証言。なかでもボウイとともにグラムロック文化とファッション・スタイルを築いていき、「5人目のバンドメンバー」と言われる、元妻でプロモーターのアンジーが語るボウイとの出会い、ボウイの実像、ヒットの舞台裏は興味深い。親日家として知られるボウイが日本の衣装やメイクに興味を持ち、それをファッションにどう加えていったかも語られる。
加えて、オフショット写真、初期のライブ映像や写真など、グラムロック時代のボウイの変遷を辿る資料も多数収録。ウッドマンゼイが「ゴールに着いた時よりゴールを目指す時間の方が幸せ」と話す、デヴィッド・ボウイが、グラムロックの「革命児」から世界の「大スター」へと駆け上るまでを、共に過ごした当時の仲間たちが語る、光と陰のストーリー。
<ストーリー>
音楽史における最も革新的で影響力のあるアーティストの一人、デヴィッド・ボウイ。後に妻となるアンジーは、当時、マーキュリー・レコーズの大学生のインターンながら、ボウイとの契約を命じられ、見事締結。舞台衣装からボウイの見せ方まで全てを仕切る。エレキギターのティム・レンウィックは、「ボウイをロックスターにしようなんて誰も考えていなかった」という当初から、生の会場で熱い公演をする自信がなかったボウイをサポート。ドラムのウッディ・ウッドマンゼイらは、ボウイの個性的で感傷的な特別な曲を聴き、「僕たちの仕事はこれをロック風に演奏すること」と最高のアレンジを施した。演劇的なバックグラウンドを持つボウイは1972年には『ジギー・スターダスト』をリリース、架空のロックスター「ジギー」となり、ステージでの奇抜な衣装やメイク、パフォーマンスによってファンの間で神格化されていった。当初200人の動員だったボストンで、宣伝ツアー終盤には20,000人を動員。しかし、実際にレコードが売れ始めるまでには2年位遅れがあった。そんな矢先、ベースのトレヴァー・ボルダーが「いまだに納得いかない」というアルバムをボウイが制作し、ボウイは1973年7月3日のイギリスでの最終公演を最後に「ジギー」終焉を宣言。デヴィッド・ボウイを初期から支えていたバックバンド「スパイダーズ・フロム・マーズ」も解散させられてしまい…
出演:デヴィッド・ボウイ(アーカイブ)、ハービー・フラワーズ、ウッディ・ウッドマンゼイ、アンジー・ボウイ、ティム・レンウィック、ジェフ・グリフィン、トレヴァー・ボルダー
2007年/イギリス/60分/カラー/1.85:1/ステレオ/英語 / 配給:NEGA
公式サイト
https://davidbowiedoc.com/