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マイク・ポートノイ、自身のドラム演奏に影響を与えた10枚のアルバム語る

2024/09/18 15:09掲載
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Mike Portnoy
Mike Portnoy
ドリーム・シアター(Dream Theater)マイク・ポートノイ(Mike Portnoy)は、自身のドラム演奏に影響を与えた10枚のアルバムを語っています。米Consequence企画。リンゴ・スター、キース・ムーン、ジョン・ボーナム、ビル・ブルーフォード、ニール・パート、テリー・ボジオ、ヴィニー・カリウタ、ラーズ・ウルリッヒ、デイヴ・ロンバード、ヴィニー・ポール。

■The Beatles - Magical Mystery Tour (Ringo Starr)

「まずはリンゴ・スターとビートルズから始めないといけない。選んだのが『Magical Mystery Tour』というのも変な話だ。なぜなら、厳密に言えば、これはビートルズのアルバムですらない。ビートルズは俺が一番好きなバンドだ。俺が生まれたその日からずっと、彼らは俺のヒーローだった。だから、リンゴが俺に与えた影響を十分に評価することはできない。彼は、すべてを最初にやった人だ。本当に、ビートルズやリンゴ以前は、バンドのドラマーが誰なのか、みんな見当もつかなかった。そして突然、バンドの4人目として、他のメンバーと同等の存在感を持つドラマーが現れた。『Magical Mystery Tour』は、実際のアルバムというわけではないが、彼らの独創性や大胆さという点では、俺にとってまさに絶妙な作品なんだ」

■The Who - Live at Leeds (Keith Moon)

「リンゴは音楽とドラムの入り口だったが、キース・ムーンは、特にドラムに注目して耳を傾けさせるきっかけを作ってくれたドラマーだった。ビートルズを聴いている時は、主に曲を聴いていたが、ザ・フーに関しては、ドラムに耳を奪われてしまった。1979年に映画『The Kids Are Alright』が公開されたとき、俺は彼らの演奏を映画館で観た。キースが亡くなって間もなくのことだったが、その時点で10年間聴いていたキースの演奏を初めて観た。 彼はまさに、目が離せないドラマーだった。とても堂々としていて、リード楽器のようにドラムを演奏していた。俺もドラマーになりたい、という気持ちにさせられた。俺が『Live at Leeds』を選んだ理由は、キースが全力で演奏しているのが本当に聴けると思うから。スタジオでは、彼はとても抑制の効いた演奏をしていた。『Tommy』は、俺がずっと好きなアルバムのひとつだが、彼のドラムは、このアルバムでもやはり抑制が効いている。でも、『Live at Leeds』を聴くと、まるで鎖が解けたかのように、彼が解き放たれているように感じられる。腕が16分音符を延々と全力で叩き続けている。止まることなく、ひたすらにね。『Live at Leeds』は彼を唯一無二のスタイルを持つドラマーにしたものを示す、本当に素晴らしい例だと思う」

■Led Zeppelin - The Song Remains the Same (John Bonham)

「ジョン・ボーナムとレッド・ツェッペリンも、やはりライヴ・アルバムを挙げなければならない。この『The Song Remains the Same』を聴けば、ボーナムのドラマーとしての本領を存分に聴くことができる。レッド・ツェッペリンのライヴ録音を聴くと、即興演奏やジャムが非常に多く、その中で、さまざまな展開が繰り広げられている。ジョン・ボーナムがどれほど素晴らしいミュージシャンであったかを示す素晴らしい例だ。彼には卓越したテクニックがあり、パワーがあり、グルーヴを持っていたが、ジャムセッションやライヴ・ヴァージョンを聴くと、ジミー・ペイジのギターを聴いてそれに反応している様子や、ジョン・ポール・ジョーンズがジョン・ボーナムのドラムに合わせて演奏している様子がよくわかる。彼はこれらの曲を同じ方法で演奏することは一度もなかった。ボーナムが史上最高のドラマーであることは誰もが知っているが、このアルバムは、彼がどれほど素晴らしい音楽的なドラマーであったかを本当に示す素晴らしい例だと思う」

■Yes - Close to the Edge (Bill Bruford)

「私見だが、イエスの『Close to the Edge』は究極のプログレ・アルバムだ。プログレの真髄とも言えるアルバム。絶頂期の5人はたった2枚のアルバムしか残していないけど、伝説的なラインナップだし、その2枚は名盤中の名盤だ。彼らは『Fragile』を作って、この『Close to the Edge』を作った。どちらも傑作。今回は『Close to the Edge』を推す。たった3曲だが、そのすべてがプログレの超大作。まさにプログレの完成形だ。アルバム全編にわたってビル・ブルーフォードが終始バンドを引っ張り、リズム面で大きな力を発揮している。この頃のプログレッシブ・ロックのドラマーたちはジャズやクラシック、フュージョンの要素を取り入れ、それらを融合させていた。それがプログレッシブ・ミュージックを生み出したんだ。ビル・ブルーフォードはとても独創的だったので、このリストには彼のアルバムを1枚入れておく必要があった。彼はイエスだけでなく、キング・クリムゾンにも参加していたし、ジェネシスのツアーにも参加していたし、U.K.のファースト・アルバムにも参加していたので、俺としては彼を“プログレの父”と呼びたいところだよ」

■RUSH - A Farewell to Kings (Neil Peart)

「プログレの世界ではビル・ブルーフォードが時系列的に最初に来るけど、俺にとって最も大きな影響を与えたのはニール・パートだった。ラッシュの音楽に出会ったとき、俺の世界は一変した。変拍子について俺が知っていることはすべて彼らから学んだし、プログレッシブな音楽の作り方や、音楽的なドラマーになる方法も彼らから学んだ。ニールはとても音楽的なドラマーだった。彼の巨大なドラムセットは俺に大きな影響を与えた。あんなに大きなセットは見たことがない。俺は『Modern Drummer』誌のドラムセットの写真をじっと眺めていた。他の子供たちが『Playboy』誌の見開きページのグラビアを眺めていたように、俺は『Modern Drummer』誌の見開きページのグラビアを眺めていたんだ。ニールがティーンエイジャーだった俺に与えた影響は、いくら強調してもし過ぎるということはない。ニールについてもライヴ・アルバムを選んだ。『Exit Stage Left』には俺が当時好きだったラッシュのアルバムをすべて網羅している。俺にとって、このアルバムは、その時代における究極のセットリストなんだ」

■U.K. - Danger Money (Terry Bozzio)

「俺が最も影響を受けたアーティストの一人なのでテリー・ボジオの作品は必ず入れておきたかった。ビル・ブルーフォードと同様、彼は本当に多くの異なるプロジェクトに関わっていたので、一つを選ぶのは難しいののだが、U.K.の『Danger Money』を選ぶことにする。おそらく、彼の最も伝統的なプログレ作品。このアルバムでのドラム演奏は、まさにテリー・ボジオの真骨頂。最高の演奏だよ。マイク・ポートノイの有名なフィルは実際にはテリーからから来たものだ。それが始まりだった。俺は彼からそれを学んだ。もし1枚のアルバムを選ぶとしたら、それはこのアルバムだよ。彼がザッパと一緒にやった作品も、俺に大きな影響を与えたことは間違いない。テリーでもう1枚の重要なアルバムは、ミッシング・パーソンズの『Spring Session M』だ。ザッパとU.K.での活動を経て、彼は新しいタイプのポップバンドを結成したいと考え、ミッシング・パーソンズを結成した。このアルバムの音楽は非常にストレートだけど、ドラムのフィルとドラミングは驚異的だよ」

■Frank Zappa - Joe’s Garage, Acts I, II & III (Vinnie Colaiuta)

「ヴィニー・カリウタ、テリー・ボジオ、チャド・ワッカーマン、チェスター・トンプソンなど、フランクの歴代ドラマーはみんな俺に影響を与えてくれた。彼にはいつも素晴らしいドラマーがいた。だから、俺はザッパの全ディスコグラフィーから常に多くのことを学んできた。彼のバンドに在籍した素晴らしいドラマーやミュージシャンからだけでなく、フランクの作曲やポリリズムや変拍子の作曲法を聴いていることは、音楽のマスターになるための集中講座のようなものだったんだ。ザッパの全ディスコグラフィーの中から1枚を選べと言われても、何を当てても外れはないだろう。でも、このアルバムのヴィニーのドラム演奏からは本当に多くのことを学んだので、このアルバムは素晴らしいと思う。例えば“Keep It Greasy”では、19/16拍子や21/16拍子で演奏するドラマーの演奏を初めて耳にした。このアルバムに収録されているような曲のおかげで、プログレッシブ・ミュージックをまったく新しいレベルに引き上げるような、クレイジーな拍子のいくつかを本当に学ぶことができた」

■Metallica, Master of Puppets (Lars Ulrich)

「これはゲームチェンジャーだった。正直に言うと、メタリカのファーストアルバム『Kill ‘Em All』こそが最初のゲームチェンジャーだったと思っている。あんなに激しくて、重くて、速くて、それでいてクリーンな音楽を聴いたのは初めてだった。だから、『Kill ‘Em All』は俺にとってゲームチェンジャーだったけど、彼らがそれを完成させたのが『Master of Puppets』だった。アルバムのプロダクションや曲の長さがよりプログレッシブな長さに成長したアルバムだった。 演奏はどんどん難しくなっていた。 だから『Master of Puppets』は彼らが本当に大きな一歩を踏み出したアルバムなんだ。『Master of Puppets』は彼らを頂点へと導き、次のアルバム『…And Justice for All』は彼らが初めてMTVに進出し、ミュージックビデオを制作した。『The Black Album』は彼らを大衆に広く受け入れられるような成功へと導いた。つまり、彼らはアルバムをリリースするたびに次の章を書き、あらゆる面でゲームを変えていった。しかし、『Master of Puppets』こそがその頂点。ドリーム・シアターがアルバムを丸ごとカヴァーするなら、俺が選ぶのはこのアルバムしかない。このアルバムにはすべてが詰まっている。メタル界のすべての人々やあらゆるものに対して門戸を開いた。その結果、彼らは最終的にメタル史上最大のバンドとなったんだ」

■Slayer - Reign in Blood (Dave Lombardo)

「『Master of Puppets』と同じ年だった。どちらも1986年。メガデスも同じ年に『Peace Sells』』をリリースし、その翌年にはアンスラックスが『Among the Living』をリリースした。つまり、スラッシュメタルのビッグ4の全盛期だった。この4つのバンドが音楽的に頂点を極めたのはこの時期だった。その年、あるいはその時期にリリースされたビッグ4のアルバムの中で、スレイヤーの『Reign in Blood』は、まさに別次元の激しさを持っていた。『Master of Puppets』はヘヴィだと思ったが、『Reign in Blood』はパンクロック版といった感じでした。セックス・ピストルズの『Never Mind the Bollocks』をスラッシュメタルに当てはめたような作品だった。30分間、あるいはそれ以上、最初から最後まで、ただひたすら“度肝を抜かれる”ような激しさだった。終始容赦なく、デイヴ・ロンバードのドラムがそれをさらに高めている。ロンバードは、スピード、テクニック、手や足の動きの速さ、ドラムの激しさにおいて、さらにレベルを数段引き上げたと思う。スラッシュメタルのドラムの基準点となったと思うし、それ以来、基準点であり続けている」

■Pantera - Vulgar Display of Power (Vinnie Paul)

「『Vulgar Display of Power』は、(ドリームシアターの) 『Images and Words』とほぼ同時期の1992年にリリースされた。当時、俺たちは同じレーベルに所属していたので、同じ人たちと一緒に仕事をしていた。このアルバムがリリースされたとき、俺は本当に衝撃を受けた。1~2年前にリリースされた『Cowboys from Hell』からすでに彼らのファンだったが、このアルバムでは、彼らの新しいサウンドとスタイルがさらに新たなレベルに引き上げられていた。俺にとってパンテラは90年代にメタルを存続させたバンドだった。俺が90年代前半にドリーム・シアターを立ち上げた頃には、スラッシュは消え始めており、グランジがすべてを殺していた。メタルであろうとプログレであろうと、とにかくみんなグランジと戦っていた。だから、俺にとってパンテラは旗振り役のバンドだった。メタリカが変化を遂げ、アンスラックスが変化を遂げた時、パンテラは90年代を通じてメタルの旗を掲げ続けていた。パンテラは、スラッシュやスピードメタルの持つヘヴィネスを取り入れながらも、そこにグルーヴを与えた。俺はいつもそれを高く評価していた。ヴィニー・ポールは、スラッシュやスピードメタルのドラマーの多くが持ち合わせていないような、スイング感とグルーヴ感のある演奏をし、ダイムバッグ(ダレル)が演奏するリフを本当にスイングさせ、グルーヴさせていた」