Geddy Lee (Image: [c] Timothy Hiatt/Getty Images)
ラッシュ(Rush) の
ゲディー・リー(Geddy Lee) は、自身のヴォーカルについても回顧録『My Effin' Life』の中で書いています。先日行われたブック・ツアーではリーは自著からヴォーカルについての部分を朗読しています。
「僕は幼い頃から歌うことが好きで、そのことに不安はなかった。学校では短期間、聖歌隊で歌ったこともあったし、その後、バル・ミツワー(※ユダヤ人の男の子が13歳になる時に行われる成人式)で朗読したとき、美しい声だとも言われた。母の友人は“聖歌隊先唱者になるべきだよ!”と言っていた。いや、遠慮しとくよ。その時点では、後に評判になるような“黄泉の国の呪われた遠吠”のような叫び声は出していなかった。
僕はすぐにクリームの曲やブルースの曲をテナー・ソプラノ、あるいはソプラノ・カストラートのようなスタイルで歌うようになった。僕は、スモール・フェイセスやハンブル・パイのスティーヴ・マリオットのような高い音域を持つシンガーのファンだった。ハンブル・パイの『Live at the Filmore』は、僕や僕の仲間の多くに多大な影響を与えたアルバムで、“I Don't Need No Doctor”は僕にとって大きな曲だった。ラッシュでの僕の初期の歌唱には、その影響が見て取れる。僕はよくロバート・プラントと比較されるけど、確かに彼が僕を高音域へと押し上げたが、マリオットと比較する方がもう少し正確だと思う。彼はソウルフルな声と強いビブラートを持っていたが、ロックしていた。
(イエスのヴォーカリストである)ジョン・アンダーソンのメロウな歌声も僕に影響を与えた。彼の声は高音域だけど、不快や耳障りではなく、美しくソウルフルでエモーショナルで、学校の少年合唱団とよく似ていた。僕もあんな風に歌いたいと思った。もう一人、感銘を受けたシンガーは、初期のスーパートランプのアルバムに参加していたロジャー・ホジソン。ポール・サイモンやジョニ・ミッチェルも好きだった。好きのは、もちろん他にもたくさんいるよ。僕はビョークの大ファンなんだけど、誰もそうは思わないだろうね。でも、じつはラッシュの中で僕がビョーク風に歌っている言葉があるんだ......それが何なのかは言わないから、自分で探してみてほしい。
荒々しい声は狙ったわけではなく、ただ直感的に反応しただけなんだ。自分の声がどこに出るかは、書いている内容やキーに関連して、必要に迫られて出したんだ。若い頃はキーにあまり詳しくなかったから、曲を書いたキーが音楽的に正しいと感じたら、それをうまく使うしかなかった。その結果わかったのは、低音域では僕の声にはパワーがないけど、1オクターブ上げるとパワーが出るということだった。
最近、映画『Coda コーダ あいのうた』を見ていて、合唱の先生が生徒の内なるフラストレーションを引き出そうと、腹の底から歌うように説明するシーンが印象的だった。彼女は耳の聞こえない家族の唯一の聞こえる人だった。たとえそれが醜い音であったとしても、彼は“気持ちいいだろう:怒りをパワーに変えるんだ”と言っていた。僕の最初のヴォーカル・スタイルも、幼少期に両親が強制収容所で耐えた話を聞いたり、いじめや疎外感に苦しんだりしたことに根ざしているのではないかと思った。僕が歌い始めると、まるでバンシー(※アイルランドの民話に出てくる泣き叫ぶ姿をした妖精)が叫んでいるようだった。マイクに向かって“イェーイ!” と叫ぶだけで、抑圧された感情を解放していた。もちろん、その後、僕は実際に歌う方法を学ばなければならなかったけど......。
(米国の作家)ジョン・グリフィンはモントリオール・ガゼット紙に、僕の歌声は“アンフェタミン中毒のモルモット”のようだと書いたことがある。Circus紙では、ダン・ヌーカーが“もしリーの声がこれ以上高くて荒々しかったら、彼の聴衆は犬と地球外生命体だけで構成されていただろう”と言っていた...。ちょっと気に入ったよ!」
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