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ブライアン・アダムス、ティナ・ターナーとのデュエット曲「It's Only Love」の経緯を語る

2023/09/14 18:27掲載
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BrBryan Adams and Tina Turner / It's Only Love
BrBryan Adams and Tina Turner / It's Only Love
ブライアン・アダムス(Bryan Adams)は1984年のアルバム『Reckless』で、ティナ・ターナー(Tina Turner)とコラボレーションしました。ブライアンは英Classic Rock誌の新しいインタビューの中で、ヒットした2人のデュエット曲「It's Only Love」について、その経緯を振り返っています。

「僕はティナのファンだったんだ。(ティナの1984年アルバムで世界的な大ヒットした)『Private Dancer』の前、彼女がまだ立ち直ろうとしていた頃、よくクラブで彼女を見ていた」

ブライアンによると、1984年初頭、プロデューサーのジョン・カーターから電話があり、コラボレーションの可能性が持ち上がったという。

「彼は“ティナ・ターナーをプロデュースしているんだ。彼女のための曲はあるかい?”と言っていた。僕たちはニューヨークで『Reckless』を仕上げようとしていて、僕は彼に“ない”と言ったけど、ティナが僕の曲で歌ってくれるかもしれないと思ったので、“It's Only Love”を送ったんだけど、返事はなかったんだ」

数ヵ月後、ブライアンは『Reckless』の制作を終え、バンクーバーに戻っていると、ティナがライオネル・リッチーをサポートするためにバンクーバーにいることを知ります。

「彼女(ティナ)のマネージャーにメッセージを送って、僕のアルバム用にこの曲をレコーディングする時間があるかどうか尋ねたんだ。そのあと、ティナが僕に会いたがっていると電話があった。僕はバンクーバーのバックステージに行った。とても緊張していた。ティナが廊下を歩いてくるのが見えた、大きなカツラをかぶっていた。彼女が“彼はどこ?彼はどこ?”と言っているのが聞こえた。誰かが彼女に“あそこの隅にいる痩せこけたクソガキよ”と言うと、彼女はやってきて僕に“あの曲、大好きよ”と言ってくれた。翌日、彼女は僕たちと一緒にこの曲をレコーディングした。

スタジオに入って初めて“It's Only Love”は僕のピッチ(音の高さ)の曲だと気づいたんだ。彼女のために作られたものではなかった。僕は当時24歳、部屋に入って彼女に“ティナ、君が僕のメロディーを歌ってもうまくいかないんだ。君のやり方で歌ってほしいんだ...”と言わなければならなかった。その後、僕はティナ・ターナーになりきって歌い始めた。彼女はそのまま行って、自分の仕事をした。彼女が別れを告げた後、僕は共同プロデューサーだったボブ・クリアマウンテンに向かって“問題なかったと言ってくれ”と言った。テープを再生すると、そこにはセンセーショナルな瞬間があったんだ」