ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース(Huey Lewis & The News)のヒューイ・ルイスは
シン・リジィ(Thin Lizzy)の
フィル・ライノット(Phil Lynott)を尊敬し「良き師」だったと公言しています。未完に終わったライノットとのコラボ曲や恩師とのエピソードをsongfactsのインタビューの中で話しています。また自身の聴覚障害についても話しています。
Q:あなたがシン・リジィのフィル・ライノットの友人であり、尊敬していることを知らない人もいます。彼が亡くなった頃、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースが彼のアルバムのバックを務める予定だったのでは?
「フィリップとは3曲作った。彼のマネージメントから、フィリップのためにアルバムを作ってくれないかと言われて、僕は“アルバム全部を作る時間があるかどうかわからないけど、3曲ならやるよ”と答えたんだよ。そしたら“OK、いいよ”と言ってくれた。
それで彼がアメリカに来て、3曲を作った。彼は8日かそこらしか時間がなかったから、3曲とも完成させることができなかった。ヴォーカルができなかったんだ。ほとんど完成したんだけど、残念なことに彼はイギリスに帰った後亡くなってしまったんだ(1986年1月4日没)。
フィリップは僕の良き師だった。まず第一に、ステージでは右に出る者はいなかった。シン・リジィほど優れたハードロック・バンドはいなかった。彼らは信じられないような人たちだった。彼は僕を指導してくれて、音楽的なことではなく、“ロックンロール・スター”としてのすべてを教えてくれた。
フィリップは素晴らしいロックスターだった。彼はアイルランドのダブリンで生まれた黒人の子供で、白人ばかりの学校に通っていた。彼はもともと孔雀のような存在で、違っていたし、ロックスターであることを愛していた。彼は、バンド、スタッフ、批評家、レコード会社、マネージメント、ファンとの付き合い方をすべて教えてくれた。彼は本当に、僕の教育を形成する上で本当に重要な役割を果たした。毎日彼が恋しいよ」
Q:聴覚障害を患っていると聞きましたが。
「音楽がまったく聴こえないんだ。音程がまったく聴こえない。一つの音でさえ、自分自身の音とずれてしまうので、我慢を要するつらい経験で、受け入れるのはとても難しいことだった。でも、人生は前に進まなければならない。僕は補聴器をつけているし、コンピューターとBluetooth接続しているから、今は聴こえる。補聴器がなければ、完全に聴こえないんだ。
クリエイティブであり続けようとしている。僕は35年前に右側(の聴力)を失った。左側を失い、音楽が聴こえなくなったときはトラウマになった。半年間、ベッドに横たわり、ただ心配し、さまざまな治療を試したり、鍼治療やカイロプラクティック、無塩、減塩といったオーガニックな食事療法を試した。そして最終的に、僕は子供たちのおかげで、前に進むことにした。
今は忙しくしているんだ。音楽は聴こえなくても、僕がとても関わっているミュージカルもある。テレビ番組の企画をFOXに売り込んだんだけど、今は脚本家のストライキで立ち往生している。僕はクリエイティブで多忙であり続けようとしているんだ。
もっと不遇な人たちがたくさんいることを自分に言い聞かせている、これは覚えておくべき重要なことだ。僕の人生は、耳が聴こえていた頃ほどではないけれど、それでもかなり良いよ」