Black Sabbath / Never Say Die!
ブラック・サバス(Black Sabbath)の
ギーザー・バトラー(Geezer Butler)は「俺らがやった中で最悪のアルバム」として『Never Say Die!』を挙げています。
Metal Edge Magazineでのサバスの70年代を振り返るインタビューの中で、「70年代後半のアルバムを今、どう見ていますか?」という質問に、こう答えています。
「間違いなく、それ以前のアルバムと同じようには見ない。それに『Never Say Die!』は、俺らがやった中で最悪のアルバムだと断言できる。理由は、自分たちで管理し、自分たちでアルバムをプロデュースしようとしたからだ。自分たちだけでやりたかったのだが、実際のところ、俺たちの誰一人として何をすべきか全くわかっていなかった。その頃には、スタジオで曲作りをするよりも弁護士や法廷で過ごす時間の方が増えていた。あまりにもプレッシャーがかかりすぎて、作曲に支障をきたしてしまったんだ」
また同じインタビューの中で「自分たちが本質的に新しい音楽のジャンルを作り上げたと気づいたのは、どの時点だったのでしょうか?」という質問には、こう答えています。
「そうだったとはまったく思っていない。俺たちは常に自分たちをロックバンドだと考えていた。“ヘヴィメタルバンド”と呼ばれることは、俺たちにとって最初は侮辱的なことだった。最初に耳にしたのは70年代のインタビューで、アメリカの雑誌が“ブラック・サバスの音楽は、たくさんのヘヴィメタルをぶつけたような音だ”と言ったのを覚えているよ。それを聞いて、俺たちは侮辱されたと思った。でも、どういうわけか、イギリスのマスコミがそれを見つけて、褒め言葉として広めたんだ(笑)。俺たちはそんな風に考えたことはなかったし、そもそもそれが意味するところもよく分かっていなかった。自分たちの音楽がそういう風に聞こえるとは、まったく思っていなかった。違うことをしようとしたわけでもなく、ただ“ロックバンド”として突き進んできただけなんだ」
同じインタビューでは、以下の質問にも答えています。
Q:サバスの最初の4枚のアルバムは、バンドの最高傑作と言えるでしょう。そのクリエイティブな炎は、何がきっかけで生まれたのでしょうか?
「俺たち4人は、常にお互いに協力し合っていたからだと思う。ノンストップでツアーをして、ツアーから離れて、もっと曲を書いてアルバムを作り、リハーサルをして、そしてまたツアーに出る、というサイクルだったんだ。その勢いを持続させるために、俺たちの根底にある衝動が、これらアルバムに込められている。その結果、クレイジーなアイデアや素晴らしい楽曲が生まれた。でも、忘れてはいけないのは、俺たちはガキだったということ。当時は夢と愛に満ちた生活を送っていた。俺たちにとっては初めてのことだったから、できる限り長く続けることしか頭になかったんだ」
Q:初期のアルバムの中で、最も印象に残っているのはどれですか?
「おそらく『Paranoid』だろうね。完全に完成されたアルバムだった。無理矢理な感じはなく、4人のケミストリーはとてもスムーズだった。あのアルバムを作るために集まったとき、すぐにすべてを書き上げたのを覚えているよ。どの曲もすんなりまとまって、とても燃えていた。リハーサルに入るたびに完成した曲を持って帰ってきていた。あのアルバムが特別なのは、いかに自然に物事がまとまったか、ということだと思う。どの時代においても、これまでに作った中で最もオーガニックなアルバムだった。完全に自然で、そうあるべきものだった」
Q:一般的に、サバスのクリエイティブ・ドライバーといえば、オジーとトニーを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、私は、人々が思っているよりずっと大きな役割をあなたが果たしていたと思います。それについて詳しく教えてください。
「サバスは間違いなく民主的なバンドだったので、それは良い観察だね。俺たちは皆、自分たちがやっていることについて、それぞれの段階で発言していた。もちろん、オジーがシンガーで、トニーがギタリストである以上、音楽を表現する上で最も大きな役割を果たすのは彼らであることは間違いない。でも、実は当時、オジーは特に歌詞を書きたがらなかったし、トニーも書きたがらなかった。だから、俺が書くことにしたんだ。それで、しばらくはうまくいっていたんだけどね」
Q:70年代後半は、また別の話ですね。
「その通りだね。でも、ドラッグや飲酒以外にもいろいろな問題があった。ようやくツアーをやめる時間ができたと思ったら、お金はどこに行ったんだろうということになった。アルバムは売れているのに、なぜ口座が平均して減っているのか、マネージャーに聞いても、まともな答えが返ってこない。アルバムが売れて、ライヴもやっているのに、会計に反映されないというのは、想像を絶する問題だ。俺たちが目にしていなかった多くのお金があって、そのお金の問題から税金の支払いもまったく別の問題になってしまった。サバスにとって物事がうまくいかなくなり始めたのは、まさにその時だった」
Q:オジーとのクリエイティブな問題についてはどうですか?
「それも確かに問題だった。問題は、音楽的に進歩しようとしすぎていたことだった。完全に筋道を見失ったんだと思う。サバスをサバスたらしめていたものをやめて、よりメロディアスなものから始めたが、振り返ってみると間違いだった。オジーは常に昔のサバスのようなサウンドを求めたが、トニーと俺は音楽的に拡張したかった。今思えば、オジーはおそらく正しかったと思う。俺たちが拡張したことによって、サバスが本来持っていたものが失われてしまったからね」