ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)の半生を綴った評伝『ブルース・スプリングスティーン』(ピーター・エイムズ カーリン 著、近藤 隆文 訳)がアスペクトから11月22日発売。ブルース本人のほか、家族、友人の回想、
クラレンス・クレモンズ(Clarence Clemons)のラストインタビューなど、関係者の貴重な証言も多数収録。
●『ブルース・スプリングスティーン』
ピーター・エイムズ カーリン 著
近藤 隆文 訳
定価:3,150円 2013年11月22日発売
判型:A5/並製、ページ数:584
<本書「訳者あとがき」より>
2013年、ブルース・スプリングスティーンはデビュー40周年を迎えた。
その記念すべき年に刊行されることとなった本書『ブルース・スプリングスティーン――アメリカの夢と失望を照らし続けた男』(原題BRUC)は、ブルース本人や彼の片腕、ジョン・ランダウからお墨付きをもらった決定版ともいえる評伝だ。
この本では、アメリカのロックアイコンとなったブルースの人生を、その音楽活動や作品世界、舞台裏、私生活の様子をまじえてクロノロジカルに追いかけていく。ブルース本人や家族、友人、知人の肉声が数多く引用され、各章のタイトルもそうした発言やブルースが書いた詩や歌詞から引かれている。といってブルースを礼賛するのではなく、はぐらかしが多い本人のコメントも紹介して、複雑なパーソナリティを浮き彫りにしているのは興味深い。もちろん、ソウルメイトのスティーヴ・ヴァン・ザントや、いまは亡きクラレンス・クレモンズとの出会いや別れといったエピソードも満載されている。Eストリート・バンドについては、1989年の解散や99年の再結成をめぐる複雑な思いなど、各メンバーの生の証言が多数収録されているのも見逃せないところだ。
ブルースの楽曲についてもひとつひとつ解説され、ヒットナンバーからデビュー前に演奏した曲にいたるまで、曲調やサウンド、詞の内容などが紹介されている。ボブ・ディランにも比肩される、鮮やかに情景を喚起する力やストーリーテリングの才はつとに知られているけれど、本書を読んであらためて驚くのは、その多作ぶりとバラエティに富んでいる点だ。起死回生の一作となった『明日なき暴走』をはじめ、レコーディングに膨大な時間を費やしてきたことにも舌を巻く。
また、デビュー以前、幼少期、さらにはブルースの祖先がアメリカにやってきてからの足跡、家族が見舞われた悲劇なども詳細にわたって記されている。恋愛遍歴や結婚生活、そして何より父親との愛憎なかばする関係が丁寧に綴られているのもファン必読だろう。ブルース自身、本書をいたく気に入ったらしく、あるとき楽屋を訪れた著者をハグして、家族の描き方に感謝していたそうだ。
さらに著者は、かつてのバンドのメンバーやマネージャーら、ブルースの才能と魅力に惚れこんだ人たちの努力を描くことも忘れていない。キャスティールズ時代に練習場を提供してくれた近所のヴィンヤード夫妻や、スティール・ミル時代にマネージャーを務めたサーフボード工場主カール・“ティンカー”・ウェスト、ブルースに賭ける情熱から会社を興し、私財を投げ打って献身的に働いたマイク・アペルなどなど。この本では普段は情に厚いブルースが、仕事に関しては妥協を許さないことも書かれているけれど、一九九八年にロックの殿堂入りを果たした際のスピーチでは、世話になった人たちへの恩を忘れていないことがわかって涙腺が刺激される。
ほかにも映画館で出会った見知らぬ少年一家との交流や、下積み時代のファン第一号の女性をコンサートに招待しつづけ、のちにスタッフに迎えた話など、ブルースの人柄がしのばれるエピソードには事欠かない。ページを追ううち、ブルースの人生にかかわったさまざまな人が愛おしく感じられ、読み進めるのが惜しくなるだろう。
50年代の郊外のスモールタウンで育った労働者階級の少年は、60年代にロックンロール、ヒッピームーブメント、公民権運動、ベトナム戦争の洗礼を浴び、70年代のニクソン時代の行きづまりを生きのび、そのキャリアを通じてアメリカの心と魂を映し出してきた。紆余曲折をへて、バラク・オバマ大統領から「私は大統領だが、彼は〈ボス〉だ」と言われるようになったブルースは、2000年代以降も軒並みチャート1位に輝くオリジナルアルバムを発表しつづけている。そういった意味では、長年のブルースファンはもちろん、若い世代の音楽ファンにもぜひ本書を手に取ってもらいたいと思う。ここで紹介されるように、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)などのフェスに登場し、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンに加えて、アーケイド・ファイアやベスト・コーストといった下の世代のバンドにも慕われ、若いインディファンの心もつかんでいるブルースには、それがふさわしい。普通に生きようとする人たちが苦しい生活から逃れられずにいるアメリカの現状を、「普通であること」にこだわるブルースはよくわかっている。それが若い世代にも支持される理由のひとつにちがいないし、似たような状況にある日本で本書が読まれる意味もそこにあるはずだ。
丹念な取材と綿密な筆致で力作をものした著者ピーター・エイムズ・カーリンは、Catch a Wave: The Rise, Fall, and Redemption of the Beach Boys' Brian Wilson【イタ】(Rodale, 2006)、Paul McCartney: A Life (Simon & Schuster, 2009)など、ミュージシャンの評伝に定評があるライターで、本国アメリカではブルース本人の根強い人気と相まって本書はベストセラーになっている。この日本語版もそれにあやかりたいところだけれど、翻訳業は『明日なき暴走』のレコーディングセッションのように遅々として進まず、分厚い本なだけに編集・校正作業も思った以上に難航した。でもワーカホリックのブルースにつきあわされたバンドのメンバーやスタッフはもっと大変だったかもしれない、そう思うと、もう少しがんばれそうな気がするから不思議だ(と編集を担当してくれた山本貴政氏は言った)。この本が完成したからといって、ボス、もとい、ブルースにハグされることはないにしても、読者のみなさんに楽しんでいただけたらうれしい。
【著者プロフィール】
ピーター・エイムズ・カーリン
Peter Ames Carlin
オレゴン州ポートランド在住。『ピープル』誌のシニアライターを務め、『オレゴニアン』紙ではテレビ批評やカルチャー全般について執筆。ロックスターの評伝、 Paul McCartney: A Life(2009)、Catch a Wave: The Rise, Fall, and Redemption of the Beach Boys’ Brian Wilson(2006)で高い評価を得ている。
【訳者プロフィール】
近藤隆文(こんどう たかふみ)
翻訳家。1963年静岡県生まれ。一橋大学社会学部卒。訳書に、マクドゥーガル『BORN TO RUN 走るために生まれた』、フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』、シュタインガート『スーパー・サッド・トゥルー・ラブ・ストーリー』(以上NHK出版)、フォア『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』、マクダネル『トゥエルヴ』(以上ソニー・マガジンズ)など多数。