
Eric Johnson (Image credit: Max Crace)
プロも憧れる稀代の“ギタリスト・オブ・ギタリスト”
エリック・ジョンソン(Eric Johnson)は、現代のポップミュージックには多くの魅力があると称賛するが、もっと良くなることを妨げているのは「ドラマーの存在が驚くほど軽視されているという悲劇的な現状」だと指摘しています。生ドラマーによる人間味のある要素があれば「双方にとってメリットがある」とMusicRadarの新しいインタビューの中で語っています。
デジタルレコーディングは、より大胆な発想を可能にし、より少ない手間で多くのことができるようになりました。しかし、その一方で、何度でもやり直せるという状況は、1テイクの価値を低下させるという議論もあります。録音中の赤いランプに緊張する“ちょっとした熱狂”が演奏者自身も気づいていなかった何かを引き出すこともあります。
「今行われていることを悪く言うつもりはない。ただ、もっと人間的な感情を入れて、演奏者同士のやり取りの瞬間――そのスピリットそのもの――を音楽に染み込ませることができたなら、それがどんなジャンルの現代音楽であっても、それがもたらすのは音楽をより良いものにするだけだと思うんだ」
ジョンソンは、現代のプロデューサーたちは、しばしば複雑な音楽的アイデアを、観客に響く形で提示していると評価しています。しかし、それでも足りないものがあるという。それはドラムセットに座る、生きた人間です。
「このあいだも、ある人とこのことについて話したんだけど、昔のモータウンの曲を聴くと、あれにはすごい独特の雰囲気があったよね。あれはポップミュージックだったし、みんなそれに合わせて踊っていたし、最高だった。あの頃はスウィング・ドラマーがいた。もしあのスウィング・ドラマーたちを排除してドラムマシンを乗せても、同じものにはならないだろうね。
もし現代のポップミュージックについて、もっと良くなることを妨げているものを一つ挙げるとすれば、それはドラマーの存在が驚くほど軽視されているという悲劇的な現状だよ。“ビートだけあればいいよね。このありがちな、余分なものを入れとけばいい”みたいな感じになってしまっている。悲しいよ。でも、もし最近のポップソングのコード進行やヴォーカル、ソングライティング・スタイルを全部そのまま残して、そこに誰かがカッコいいビートを叩いてくれたら、それだけで絶対にずっと良くなると思うんだ。
現代のポップ・ミュージックから何かを取り去る必要はまったくない。コード進行やメロディの多くはとても独創的で、僕が育った頃のポップ・ミュージックとは全然違う。だったら、もっと良くできるはずじゃないかな? スウィング・ドラマーが後ろで叩いていたっていいじゃないか! 忙しく叩く必要も、目立たせる必要もない。でも、新たに得られたデジタル技術の完璧さに人間味を加えることで絶対に良くなる。それは双方にとってプラスになる、まさにウィンウィンの関係なんだよ。」