ブルース・シンガー/ギタリストの
ジョン・P・ハモンド(ジョン・ハモンド、ジョン・ハモンド・ジュニア/John P. Hammond)が死去。コラボレーターで友人のミュージシャンのポール・ジェームズやジョー・ボナマッサがSNSで訃報を伝えています。ジェームズはハモンドの妻マーラから訃報を受けたと記しています。ハモンドは83歳でした。
ジョン・P・ハモンドは1942年11月ニューヨーク市生まれ。父親は、ベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイ、アレサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンらを世に送り出した名プロデューサーであるジョン・ハモンド。
ジョン・P・ハモンドは高校でギターを始め、伝統的なスタイルのアコースティック・ブルースを演奏し始めた。大学中退後、プロに転向し、1963年にヴァンガード・レコードと契約。その長いキャリアの中で30枚以上のアルバムをリリースし、そのほとんどが彼の好んだブルーススタイルに忠実なものであった。商業的には大きな成功はしていないが、批評家からは称賛され、根強いファンに支えられた。
1965年のアルバム『So Many Roads』では、ギタリストのマイク・ブルームフィールドに加え、まもなくザ・バンドのメンバーとして頭角を現すことになるロビー・ロバートソン、ガース・ハドソン、リヴォン・ヘルムも参加している。
この時期、ハモンドはデュアン・オールマン、ジミ・ヘンドリックス(有名になる前にハモンドのバンドで短期間演奏)、エリック・クラプトンなどのミュージシャンとも親交を持ち、時にはレコーディングも行った。
1973年、ハモンドはマイケル・ブルームフィールド、ドクター・ジョンとのコラボレーション・アルバム『Triumvirate(邦題:三頭政治)』を録音した。
ハモンドと
トム・ウェイツ(Tom Waits)は長年の友人で、2001年には、ほぼ全曲がトム・ウェイツ楽曲のアルバム『Wicked Grin』をリリースした。ウェイツはこのアルバムにプロデュース、ギター演奏、バック・コーラスで参加している。