(ビリーが書いた冒頭の歌詞)“I made it through the wilderness / Somehow I made it through” (荒野を抜け出した/どうにかして抜け出した)は、とても柔らかくて、胸に沁みる、繊細なフレーズだと感じたので、それに合うバラードを書こうとしたんだけど、どうしてもしっくりこなかった。でも特別な歌詞だという確信はあったから、ボツにする気はなかった。普段はもっと手際よく、効率的に曲を書くんだけど、この曲だけは本当に手こずり、どんな音楽をつければいいのか、まったく見当がつかなかった。
「ビリーが“True Colors”を持ってきてくれて、私は音楽をすぐに書き上げた。でも歌詞が気に入らなかった。たぶん彼のお母さんについての曲だったと思う。とても詩的ではあったけれど、かなり抽象的だったんだ。サビになると“I see your true colors shining through(君の本当の色が輝いて見える)”と歌っている。私はビリーに言った。“このサビは完璧だ。素晴らしいメロディもできた。でもヴァース(※サビに入るまでの導入部分)は、君が何を言いたいのか誰にもわからない……これは恋人にも、子どもにも、親友にも歌えるような、普遍的なラブソングにするべきだ”とね。
それで私はビリーに“仕上げよう。手伝うよ”と言った。私が最初の数行“You with the sad eyes / don’t be discouraged!(悲しそうな瞳の君/くじけないで)を書いた。ビリーには、方向性を示す数行があればよかったんだ。すると1番の残りを書き上げ、2番も仕上げて、曲は完成した。
当時、私のアーティスト活動をマネジメントしていたジョン・バルックが、シンディをプロデュースし、エピック・レコードと契約させたレニー・ペッツェと親しかった。彼が“シンディ・ローパー向きの曲はある?”と聞いてきた。完成した歌詞の“True Colors”のデモを作ると、ほとんどその日のうちに“シンディが気に入った、欲しいと言っている”という素早い返事が来た。“Girls Just Want to Have Fun”が大成功していたし、その時点でケニー・ロジャースよりも彼女のほうがいい選択だと思ったんだ。
私たちはスザンナ(ホフス)と一緒に仕事をしていて、とても仲の良い友人にもなったし、一緒にやるのがいつも楽しかった。彼女もビリーと私と同じで、60年代の音楽とか、ブリティッシュ・インヴェイジョンとか、ビートルズとか、そういう音楽の大ファンだった。だからスザンナと曲を書くときは、よく“ビートルズっぽい曲を書こう”とか“プリンスっぽい曲を書こう”といった感じで取り組んでいた。マッカートニー風の曲やレノン風の曲を書くこともあった。この曲に取りかかったとき、念頭にあったのは、マッカートニーが書いた“Here, There and Everywhere”だった。あの曲のように、とてもやさしくて繊細なものにしたかったんだ。