イーグルス(Eagles)の
ドン・ヘンリー(Don Henley)は、
グレン・フライ(Glenn Frey)が2016年に亡くなった後、バンドを続けることは「現実的ではない」と思っていました。イーグルスを再び軌道に乗せるきっかけを与えたのは
U2の
ボノ(Bono)だったと、『CBS Sunday Morning』の新しいインタビューの中で明かしています。
ヘンリーはフライの喪失は「バンドの終焉」を意味するかのように感じられたという。しかし、やがて、ある考えがその状況を変えたという。
「マネージャーの(アーヴィング)アゾフが私のところに来て、こう言ったんだよ。“業界の多くの人と話したが、君たちが復帰して音楽を演奏する姿を見たいと思っているファンは大勢いるんだ”。私は“そうか、考えてみるよ”と答えた」
ヘンリーの条件は明確でした。それは
「グレンの息子(ディーコン・フライ)をバンドに入れられるなら、やってもいい」
でした。こう続けています。
「血のつながりが欲しかったんだ。
ここ(アメリカ)でもヨーロッパでも“ギルド”と呼ばれる伝統がある。大工仕事でも、ガラス工芸でも、どんな職人の世界でも、息子は父親のもとで修業して学ぶ。息子は父親のもとで働きながら腕を磨き、伝統を受け継げるようになるまで修行を積み、やがて一人前になって独立し、そして伝統を受け継いでいくんだ」
ヘンリーによると、その考えを彼に示し、最終的にディーコンの起用へと導いたのはボノでした。
「ボノには本当に感謝しないといけない。ヨーロッパで開かれたあるコンベンションで、彼がそのことを思い出させてくれたんだ。ディナーの席で隣り合わせに座った時、私がバンドをどうすべきか悩んでいると話したら、彼がこう言ったんだよ。“ギルドっていう考え方もあるよね…”と。
リンゴ(スター)の息子もドラマーだし、この業界にはそういう二世がたくさんいる。それから、もう一人はヴィンス・ギルが適任だと決めた。グレンの代わりを務めるには、二人必要だったんだ。
彼は単なるカントリー・アーティストじゃない。ロックンロールを演奏できることを本当に喜んでいたよ。初日に大きなアンプを抱えてやって来たんだ。私は“それは何?”と聞いたら、“アンプだよ”だって。“わかった、その半分でいい”と言ったよ」
ヘンリーはまた、同じインタビューの中で、2026年がイーグルスの最後の年となるかもしれないと発言しています。詳しく
こちら。