カーディガンズ(The Cardigans)のフロントウーマン、
ニーナ・パーション(Nina Persson)は英ガーディアン紙の企画で、ファンから寄せられた様々な質問に答えています。
Q:実際のカーディガンはお好きですか?
「衣服としての素晴らしさは理解しているけれど、カーディガンは私には似合わないのよ。バンドの(元)ソングライター兼ギタリスト(ピーター・スヴェンソン)が、この名前を提案した。私たちはかなりのイギリス好きで、ブリティッシュ・ミュージックが大好きでした。デビュー・アルバムのタイトルが『Emmerdale』なのも、そのドラマがスウェーデンのテレビで『Home to the Farm』という名前で毎日放送されていたから。どこか雨に濡れたような、かすんでいて、ウールのようにほわっとした……まさにカーディガンみたいなイメージね」
Q:原曲に新しい解釈を加えたカヴァーが好きなので、あなたたちのラウンジ風アレンジの “Sabbath Bloody Sabbath” は本当に楽しめました。なぜあのバンド(ブラック・サバス)のあの曲を選んだのですか?
「私たちはもともと大ファンでした。ヘヴィなバンドでありながら、楽曲にはしっかりとポップな感覚がある。それに、カヴァーというのは本来のサウンドから大きく離れたものになるほうが面白いと思って。女性である私が、ああいう“いかにも男らしい男たち”の曲を歌うことで、なんとも言えない不気味さが生まれると思ったの。オジー(オズボーン)がロサンゼルスで私たちのライヴを観に来てくれて、“今まで聴いた中でいちばん不気味だった”と言ってくれたんです。彼からそう言われるなんて、最高の褒め言葉よね」
Q:90年代のスウェーデンの水には何か特別なものでも入っていたんでしょうか? カーディガンズやワナダイズ、スティーナ・ノルデンスタムのような、私がこれまで聴いた中で“最もハッピーなダークさ”を感じる音楽が生まれた背景には、何かがあったのでしょうか?
「これについてはいろいろな見方がある。気候とか、人口の少なさとか。それにABBAも、表面はハッピーなのに内側にはどこか影がある独特の要素を持っていた。スウェーデンでは芸術的な表現がとても奨励されていて、私たちも創造的であることを後押しされて育った。8歳や9歳になると、リコーダーを無料で配られ、その後も他の楽器を無償で貸してもらえた。だから、裕福でない家庭の子どもでも、無理なくヴァイオリンを弾くことができたのよ。それから、どこの国でもそうかもしれないけど、伝統音楽にはどこか哀愁が漂っていて、憂いを帯びたハーモニーの美しさがある。私たちが子どもの頃に観ていたテレビ番組の音楽は、一流のジャズ奏者やミュージシャンが手がけていて、幼い頃から質の高い音楽に触れる機会に恵まれていたのよ」
Q:カーディガンズの1995年アルバム『Life』は、当時のポップ・ミュージックとはまったく違うサウンドでした。あのレトロ風のスタイルは何に影響を受けたのですか?
「マルメにスタジオを持っていたスウェーデンのバンド、エッグストーンの存在が大きかった。そこにはテープレコーダーや古いBBCのミキシング・デスクがあって、何もかもが古びていて扱いにくいのに、音は本当に素晴らしかった。彼らのプロデューサー、トーレ・ヨハンソンと一緒にそこでファースト・アルバムを作ったときは、まるで遊び場にいるような感覚だった。私たちは弱々しいところを脱ぎ捨てて、ようやく自分たちらしい形を見つけられた。ただ、作品が出た後は少し困ることもあった。みんな60年代ポップとの関連を尋ねてきたのに、私たちはそのルーツたちのことをあまり知らなかった。私はゾンビーズやビートルズ、ナンシー・シナトラは好きだったけど、私たちにとって大事だったのは、そのスタイルをいまの時代にどう活かせるか、ということだったのよ」
Q:カーディガンズの『Life』のアルバム・カヴァーには、スケート靴を履いて氷のような場所に横たわっているあなたが写っています。実際にスケートはしますか?
「10代の頃によくやっていて、昨年の冬にマルメのスケートクラブで練習して、だいぶ感覚を取り戻した。スウェーデンのバンド、Kiteが氷上でコンサートをやったことがあって、私もスケート靴を履いてその公演に出演した。でも本当にめちゃくちゃ大変で、感覚はすぐに鈍ってしまう。1年前なら、人生で2番目くらいに上手い状態だったと思うけれど、いまはもう無理だと思う。あの公演では、世界最高のフィギュアスケーターチーム(ヘルシンキ・ロケッツ)と共演した。彼女たちと一緒に練習できたのは本当に最高に楽しい体験でした」
Q:あなたの作品の中で一番好きなアルバム『Super Extra Gravity』から、もう20年が経ちました。あの作品には、音楽制作をやめる時期だと感じた理由が何かあったのでしょうか? それと新作制作の予定はありますか?
「あのアルバムの制作はとても順調で、その勢いのまま、すぐに次の作品も作ろうと意気込んでいた。でも私が躊躇し始めてしまって……。またアルバム制作とツアーのサイクルに飛び込んでしまったら、家族を持とうとするタイミングがさらに2、3年先になってしまうと思って。だから“少し休みを取りましょう”と言ったんです。
その後、私のがんの治療も重なり、私たちは完全に流れを失ってしまった。メインのソングライターはやがて待ちきれなくなったけど、他のメンバーはライヴを続けることに前向きだった。今は家族や本業の仕事など、現実的な事情もあって簡単ではないけれど、カーディガンズとしてか、あるいは別の形かは分からないにせよ、新しい音楽を作ってみたいという気持ちはある。私たちは皆、素晴らしい音楽を作る力を持っているし、最近では90年代組のスウェードのようなバンドが新作を発表しているのを見ると、とても刺激を受ける。革ジャンで無理にカッコつけようとする痛々しい中年たち、なんて感じでは全然なくて、本当に良い作品です」