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マイルス・デイヴィス生誕100周年 ソニー・ロリンズ/ジョン・スコフィールド/ビル・エヴァンスがマイルスを語る

2026/02/02 20:52掲載
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Miles Davis
Miles Davis
マイルス・デイヴィス(Miles Davis)生誕100周年を記念して、マイルスと共演した、ジャズ界の巨匠ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)、ギタリストのジョン・スコフィールド(John Scofield)、サックス奏者のビル・エヴァンス(Bill Evans)がマイルスについて振り返っています。英ガーディアン紙企画

■ソニー・ロリンズ

「私がマイルスに会ったのは若い頃で、すぐに親しい友人となった。彼は私が住んでいたニューヨークのアッパータウンに引っ越してきて、よく私の家に立ち寄っては音楽やジャズの現状について語り合った。親しくなり始めて間もないある日、私たちがタクシーに乗っていると、彼が私の方を向いて“君は偉大な野球選手ドン・ニューカムに似ている”と言った。それ以来、彼は私を“ニューク”と呼ぶようになり、そのあだ名が定着した。

彼は音楽に対して非常に誠実で真剣だった。一緒に演奏を始めた頃、私たちは何時間も何時間も練習した。彼のバンドのメンバーは皆、彼のことが好きで尊敬していたが、マイルスと演奏するときは絶対にミスをしてはいけないと皆がわかっていした。彼は、各メンバーが奏でるすべての音を聞き分け、私たちは皆、彼の知恵からそれぞれ異なることを学んだ。彼は、他のバンドリーダーのようにはなりたくなかったし、過去を振り返ることも望んでいなかった。彼の音楽には、絶え間ない変化そのものの音が宿っていた。

彼の作品で私がいちばん好きなのは“Four”。これはマイルスのキャリア初期に、ピアノにホレス・シルヴァー、ベースにパーシー・ヒース、ドラムにアート・ブレイキーという素晴らしいカルテットで録音されたもの。似たテンポと32小節構成の曲が流行するきっかけになったし、その後のジャズの方向性を決定づけた作品でもある。マイルスが後に知られることになる独特の態度と風格を、いち早く体現した楽曲の一つだった。彼は本当にジャズ界でも指折りの人物のひとりで、私は彼から多くのことを学んだ。今でも、多くの若いミュージシャンたちの演奏の中に彼の影響を感じる。彼らはみんな、マイルスのように演奏したいんだ」

■ジョン・スコフィールド

「1980年代初頭に彼のバンドに参加した。彼から学べたことは大きな名誉だった。彼は、ジャズをどう演奏するのか、あるいは即興演奏や魔法のような瞬間を生み出すために、心をどう解き放つかについて話すのが大好きだった。

マイルスから最も学んだのは、彼がバンドとどう向き合っていたか、そして、いかに苛烈なバンドリーダーであったかということ。彼は私たちのすべてのライヴを録音していて、時には翌日に電話をかけてきて、演奏について話し合うこともあった。彼は私たち全員を果敢に導いてくれた。

彼のグルーヴとリズム感は完璧で、リズミックなジャズを実に見事に演奏し、各音をどこに置くべきかを的確に配置する才能に長けていた。彼はいつも、音楽が調和し、息づき、ソロを前に進めるための“間”を残すことの大切さを私たちに語っていた。今あらためて聴いても、彼の音楽は決して古びた感じはしない」

■ビル・エヴァンス(サックス奏者)

「マイルスは、曲を書いたりバンドを編成したりするとき、まるでたった一人のために演奏していると感じさせた。とてもパーソナルなもので、私も見習おうとしている。

私が彼のバンドに入ることになったのは、サックス奏者のデイヴ・リーブマンが私を推薦してくれたからで、その後、私のほうから(ベーシスト)マーカス・ミラー、(ギタリスト)マイク・スターン、そしてジョン・スコフィールドを推薦した。彼は、いつも自分の直感を信じ、自分が心からインスピレーションを受けた音楽を演奏し、書くことを教えてくれた。彼はこう言ってくれた。“君やウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックのことは心配していない。君たちは、音楽界に必ず居場所がある。自分らしくいなさい”。

人々はアイコンを愛する。マイルスは生まれながらのリーダーだった。カリスマ性にあふれ、トランペットのサウンドを変えるのに貢献した。より優れたテクニックを持つトランペット奏者は他にもいたが、マイルスには彼だけの音があった」