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オジー最終公演に招待されなかったボブ・デイズリー 思いを語る「多くの観客が俺の書いた歌詞を歌っていたのに俺の名前は一切出てこないなんて」

2026/01/30 17:23掲載
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Bob Daisley
Bob Daisley
オジー・オズボーン(Ozzy Osbourne)の初期ソロ作品の大半で演奏し、歌詞や楽曲の制作に携わったボブ・デイズリー(Bob Daisley)ですが、2025年7月に英バーミンガムで開催されたオジーの最終公演『Back To The Beginning』には招待されませんでした。デイズリーはLoaded Radioの新しいインタビューの中で、この件について語っています。

「(自分が招待されるべきだったと思って)そう言ってくれたのは君だけじゃない。多くの人がそう言ってくれている。俺がそこにいなかったこと、俺が呼ばれなかったこと――まさに“部屋の中の象(※誰もが気づいているのに、触れると気まずいため、あえて話題にしない大きな問題)”だったんだろ?

(コンサートに呼ばれなかったことについて)別に腹を立ててたわけじゃない。数年前に新型コロナウイルスにかかって、ひどい目に遭ってさ。もうどこへも飛行機で行けないんだ。行きたくても行けなかったんだよ。でもさ、あの日に一言でも名前を出してくれてもよかったんじゃないかって思うんだよ。会場には何千人もの観客がいて、みんな俺の書いた歌詞を歌っていたのに、俺の名前は一切出てこないなんて。なんていうか……うーん、言葉が見つからないな」

2024年10月にオジーがロックの殿堂入りを果たした際、オジーのスピーチの中でデイズリーの名前が挙がらなかったことについても質問され、デイズリーはこう答えています。

「あれもね…。その件については、みんな声を上げてくれたよ。InstagramやFacebookに“どういうことだ? 彼の名前すら出ないのか? 歌詞は全部彼が書いたじゃないか”って書き込んでる人がたくさんいたよ」

ロックの殿堂で名前が挙げられず、『Back To The Beginning』に招待もされないほど、オジーとの関係が悪化した原因は何だったのかと尋ねられると、デイズリーはこう答えています。

「うーん、正直なところ、それはあまりにも複雑で、いろんな側面や出来事と深く絡み合っているから、ひと言で答えられるような話じゃないんだ。だって俺は、オジーに頼まれるたびに、3回か4回は戻って一緒に仕事をしているからね。それだけ複雑なんだよ。『Diary Of A Madman』のレコーディング直後に俺はクビになった。そのあと3枚目のアルバムをやるために呼び戻されたけど、ランディ(ローズ)が亡くなって実現しなかった。でも結局、ジェイク・E・リーと一緒に3枚目のアルバムはやった。それが『Bark At The Moon』だ」

オジーの妻でマネージャーのシャロン・オズボーンと最後に話したのはいつかと尋ねられ、デイズリーはこう答えています。

「おそらく2001年頃のニューヨークだね。9.11が起きたとき、俺たちは宣誓証言のためにそこにいた。(元オジーのドラマー)リー(カースレイク)と俺は、未払いのロイヤリティや『Diary』のクレジット表記の誤りなどで、彼らを相手に訴訟を起こしていたからね。だから、彼女と話したのはおそらくそれが最後だと思う。

初期のころは、シャロンとはすごくうまくやっていたし、オジーとも親友同然だったんだよ。それがすべて終わってしまったのは本当に悲しかった。二人ともとても良い関係だった。だからオジーが亡くなったと聞いたその日、俺は実際に涙を流した。たくさんの思い出が一気によみがえってきたからね。確かに、いろいろと過去のいきさつがあったけど、素晴らしい時間もたくさんあった。笑いがあって、楽しさがあって、創造性にも満ちていた。あの日は、そうしたすべてが一気に押し寄せてきて、俺は本当に涙を流したんだよ」

もし今、シャロンから連絡が来たら話す気はあるかと尋ねられると、デイズリーはこう答えています。

「話すよ。彼女を憎んでいるわけじゃない。話すべきことがあるなら、もちろん話すさ。俺は執念深い人間じゃないし、恨みを抱え続けるタイプでもない。それに、あの日はオジーの家族のことも気の毒に思った。誰だって、人が苦しむのを見るのはつらいものだろう。少なくとも俺は人が苦しむのは見たくない。たくさんの良い思い出がよみがえってきた分、余計につらかったし、彼らがどんな思いでいたのかを考えると、本当に胸が痛んだよ」