Marty Friedman, Dave Mustaine
メガデス(Megadeth) の
デイヴ・ムステイン(Dave Mustaine) は米Guitar Worldの新しいインタビューの中で、歴代ギタリストについて振り返る中で、
マーティ・フリードマン(Marty Friedman) についても語っています。デイヴは最初、マーティの髪型が気に入らなかったため、メガデスへの加入を断りかけていたこと、オーディションのこと、マーティがバンドを去った後に自分の中に溜まった感情を吐き出すために書いた曲があることなどを語っています。
どうやってマーティ・フリードマンを見つけたんですか?と質問されたデイヴはこう語っています。
「マーティのCD『Dragon’s Kiss』(1988年)が、マネジメントのオフィスのカウンターに置いてあって、通りかかった時に見たんだよ。真っ黒なジャケットに明るいオレンジの文字で、かなり目を引いた。でも、どうしても踏み切れなかった。あいつの髪型のせいでね(笑)。
彼は髪が二色だった。根元から耳のあたりまでは黒で、そこから下は脇の下くらいまで真っ赤。見た瞬間に“無理だ”と思ったんだけど、気が進まないまま(オーディションを)“まあ、やってみるか…”って言っちゃったんだよ。
それで彼がやってきたんだけど、持ってきたギターがCarvinでさ。当時あまり知られていないメーカーだった。それにADAのラックマウントの機材も持ってきてたけど、何のために持ってきたのか、どう役に立つと思ってたのか、俺にはさっぱりわからなかった(笑)。その頃には俺も少しは成功していてアンプもたくさん持ってたから、スタッフに“頼む、あっちにマーティ用にスタックを組んでやってくれ”って言ったんだよ。
その後、ソロをやる時になって、マーティが一気に入ってきた。これまで何人ものギタリストを試してきたが、“Wake Up Dead”のソロパートを彼は完璧に弾きこなした。俺は“なんてこった…”と思って、後ろに手を伸ばしてワイヤレスをオフにして、外に出てマネージャーに電話してこう言ったんだ。“見つけたと思う。たぶん、こいつだ”。
(インタビュアー:その選択は正しかった。グランジが全盛で、メタルが下火になっていた90年代においても、『Rust in Peace』『Countdown to Extinction』『Youthanasia』は大成功を収めました)
特に1992年前後、ニルヴァーナの『Nevermind』が出た頃が大きかった。彼らがあまりに成功したことで、いわゆる従来のヘヴィメタルは隅に押しやられ、シーン自体が終わったような空気になった。メタルはラジオで流れなくなり、その代わりにニルヴァーナ、パール・ジャム、マザー・ラヴ・ボーン、サウンドガーデンといったシアトルのバンドばかりが流されるようになった。そうしたバンドが時代の寵児になり、ハードロックとヘヴィメタルは地下に潜らざるを得なくなり、そこで多くのバンドが解散してしまった。残念なことにね。
(インタビュアー:しかし、メガデスは違いました。だからこそ、『Risk』のレコーディング後にマーティを失ったとき、より一層厳しい状況になったでしょうか?)
本当に奇妙な時期だった。正直、なぜ俺らが出会い、なぜ別れることになったのか、マーティ自身も分かっていないんじゃないかと思うこともある。ただ、マーティと一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。彼は謎めいた存在で、とてもユニークな人間なんだ。
彼と一緒に演奏したことのある人なら誰に聞いても同じことを言うだろうね。彼は信じられないほど才能がある一方で、とてもミステリアスな人物だと。彼は東洋音楽が大好きで、俺らはそれをメガデスの中で活かすことができた。だからこそ、一緒に活動を続けられなかったのは本当に悲しかったよ。
マーティが去ったことで、自分の中に溜まった感情を吐き出すために、何曲か書かなければならなかった。何が起きたのかを曲の中で語ることで、気持ちが浄化されるような、そんなカタルシスを感じた曲が何曲かある。
(インタビュアー:それはどの曲ですか?)
“1000 Times Goodbye”(2001年作『The World Needs a Hero』収録)は、マーティに宛てた曲でも彼についての曲でもない。当時の自分が抱えていた感情について書いたものだ。インスピレーションのきっかけにはなっているけれどね。とにかく混乱していた。あれほど大切に思っていた人が去っていくという経験を初めてだったから。
そんなことがあったのは初めてで、尊敬する相手との別れにどう向き合えばいいのか分からなかった…。変に聞こえてほしくはないんだけど、俺はマーティのくだらない一言ジョークとか、一緒にやってきたことが大好きだったんだよ」
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