Metallica x Daron Malakian - 2000
2000年7月、
メタリカ(Metallica) の
ジェイムズ・ヘットフィールド(James Hetfield) はジェットスキー事故で負傷しましたが、メタリカは公演をキャンセルせず、そのままツアーを続行することを決断しました。このツアーでオープニングアクトを務めたバンドのひとつ、
システム・オブ・ア・ダウン(System of a Down) のギタリストである
ダロン・マラキアン(Daron Malakian) はジェイムズの代役を依頼されたときのことを、リック・ルービンのポッドキャスト『Tetragrammaton』の新しいインタビューの中で振り返っています。
「12歳か13歳の頃、ちょうどギターを弾き始めて1年くらい経った時、学校の友だちと一緒に、彼らの父親のガレージでメタリカのカヴァーを弾いていたんだ。ほとんどそればかり弾いていたよ。
(それから10年を経て)実際にメタリカとステージ上で共演した。会うのはそれが初めてだったんだ。俺たちはオープニング・アクトで、まだ誰も俺たちのことを知らなかった。(大ヒットした2ndアルバム)『Toxicity』リリース前で、デビューアルバムのツアーとして、メタリカのサマー・サナタリウム・ツアーに参加していたんだ。
(7月に)ジェイムズ・ヘットフィールドがケガした。水上スキーか何かしてたらしい。でも、彼らは公演を中止しなかった。(7日のアトランタ公演で、複数の)オープニング・バンドが全部演奏し終えた後、メタリカがステージに出てきた。
ジェイソン・ニューステッドが歌ってて、それから(オープニング・アクトの)KoRnの連中を呼び込んで、なんかチーチ&チョンのカヴァーみたいなのをやってた。ジェイムズがいないから、どうしていいかわからなかったんだろうね。
それで俺は(俺のギター)テックに向かって言ったんだ。“彼らの(ギター)テックに伝えてくれ。俺は、彼らの曲けっこう知ってるって”。そしたら、俺のテックが彼らのテックと話して、戻ってきてこう言ったんだ。“よし、ついて来い”。
で、気がついたらステージの反対側に行っていた。レスポールを手渡された。たぶんカーク・ハメットのレスポールの一本だったと思う。で、みんなが“よし、行け”って感じで。
わかってほしいんだけど、当時俺たちのバンドはまだ無名だった。しかも俺はまだ子供みたいなもんだった。22歳だよ。メタリカのオープニングアクトをやらせてもらえることすら信じられなかったんだ。だから当時の俺にとって、全部が人生で初めての経験だったんだ。
で、俺はステージに出されて、振り向くと、メンバーが“やあ”って。そこにはラーズ(ウルリッヒ)、カーク、ジェイソンがいる。で、彼らが“何ができる?”って聞くから、俺は“どうだろう。Master Of Puppetsとか?”って答えた。そしたら“オーケー。カウントするぞ”。
俺はメタリカと一緒にステージに立って、6万人の前で“Master Of Puppets”を弾いてた。で、“誰が歌うんだ?”ってなって、俺は“くそ、俺が歌うよ”って言って歌ったんだ。リハーサルをしたと思うだろうが、全然やってない。こんなことが起きるなんて俺は全然知らなかった。でも起きたんだ。俺はステージに立って、3年前なら観客席の安い席にいたはずのライヴで、本物のメタリカと一緒にメタリカのの曲を演奏したんだ。
(この日の)ステージを降りたら、すぐに彼らが近づいてきて、“ジェイムズは数日間はプレイできなさそうだ。代わりに君が一緒に演奏してほしい”って言われたんだよ。
それでさ、次の瞬間には“バスから荷物をまとめてくれ。今から俺たちと一緒にプライベートジェットで移動するから”とも言われたんだ。
マジであった話だ。一生忘れられないよ。自分のバンドが今どんな状況にあるとしても、キャリアのあのタイミングであれを体験できたって考えると、今でも鳥肌が立つよ」
■当時のファン撮影の映像
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■インタビュー映像
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