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ロッド・スチュワートがカーマイン・アピスら共作したヒット曲「アイム・セクシー」 アピスが曲の誕生を語る

2025/12/26 19:22掲載
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Rod Stewart / Da Ya Think I'm Sexy?
Rod Stewart / Da Ya Think I'm Sexy?
ロッド・スチュワート(Rod Stewart)が、ドラマーのカーマイン・アピス(Carmine Appice)、キーボード奏者のデュアン・ヒッチングス(Duane Hitchings)と共作したヒット曲「アイム・セクシー(原題:Da Ya Think I'm Sexy?)」。アピスはMusicRadarの最近のインタビューの中で、この曲の誕生について振り返っています。

「何と言えばいいんだろう? 素晴らしい曲だよ。これでプラチナディスクをもらったんだ。すごく誇りに思ってる。今でも、依然として巨大な収益源なんだ。

ディスコだからって、けなす人もいる。でも、最初に作ったときはね。ホントにビックなロック・トラックだったんだ。でもその後、シンセサイザーやオーケストラなど、他の要素がどんどん追加されていったらドラムの音は小さくなってしまった。ミックス後、俺は“なあ、あのデカいサウンドはどこ行っちまったんだ?”って感じだった。でも信じてみたら、15カ国でナンバーワンになった。それじゃ、それ以上文句は言えないよな!」

アピスは偶然の出会いをきっかけに、1976年にロッド・スチュワートのバンドに加入しました。

「友人のサンディ・ジェナーロにばったり会ってさ、“ロッドのオーディションを受けてきたんだけど、多分ダメだ。お前も電話してみたら?”って言われたんだ。俺が“じゃあ、電話番号教えてくれよ”と言うと、ロッドのツアーマネージャーの番号を教えてくれて、そいつがロッドに電話してくれた。ロッドは“じゃあ、彼を俺の家に来させてくれ。バンドがいるから。カーマインにそこに行って、やれそうかどうか確認するように伝えてくれ”って言ったんだ。オーディションを受けるために行くんじゃなくて、バンドが気に入るかどうか見に来いってのは変だなと思ったよ。

(スチュワートのロサンゼルスの自宅に到着した時、アピスは少なからず感銘を受けたという)

門があって何もかも揃った大きな豪邸だった。私道には、とんでもない車が何台も並んでいてね。そこで思ったんだ。“マジか…ロッドってこんなに稼いでたのか!”って。その時、“このバンドに入りたい!”と思ったよ。それにストレートなロックンロールを貫くバンドが気に入った。ロッドが言ったんだ、“もし望むなら、君に決まりだ”って」

アピスが参加したスチュワートの最初のアルバムは1977年の『Foot Loose & Fancy Free(邦題:明日へのキック・オフ)』でした。このアルバムにはシュープリームス「You Keep Me Hangin’ On」のカヴァーも収録されています。これは1967年にアピスの元バンド、ヴァニラ・ファッジがヘヴィロック風に再解釈していました。

「面白い話なんだけどさ。ロッドと俺が一緒にリムジンで一緒に移動中、彼が“You Keep Me Hangin’ On”の話をして、“あれ、俺もやってみたかったよ。あのヴァージョンは本当に最高だよな”って言ったんだ。俺は“じゃあ、今は俺がバンドにいるんだから、やってみないか?”って言うと、彼は“そう思うか?”って言うから、俺は“もちろん!”って答えたよ」

アピスは、「Da Ya Think I'm Sexy?」の制作時にスチュワートから具体的に指示されたことを回想しています。

「ロッドは“ストーンズのMiss Youみたいなのが欲しい”と言ったんだ。俺は“わかった”と答え、ピアノとドラムマシンを用意して、ストーンズの曲のテンポを再現した。彼らみたいにドラムマシンをセットして、いくつも違うコードを考えた。それからデュアン・ヒッチングスの家へ行った。彼は8トラックのスタジオを持っていて、そこでブリッジ(Bメロ)を作って、“Da Ya Think I’m Sexy?”のトラック全体をまとめたんだ。

ロッドは気に入ってくれた。こうしてデュアンと一緒に作ったこの曲は、ロッド史上最も売れたシングルになった。信じられなかったよ。デュアンの家で1時間で録音した曲が、世界中で数百万枚も売れたんだからさ」

「Da Ya Think I'm Sexy?」は大ヒット曲であると同時に、著作権問題でも物議を醸しました。サビは、ブラジル人ミュージシャン、ジョルジ・ベンジョールの1972年の曲「Taj Mahal」のメロディが流用されています。

スチュワートは自伝『Rod: The Autobiography』の中で、「1978年初頭にリオのカーニバルに参加した時、“Taj Mahal”が至る所でヘビーローテーションされていたのを耳にしていた。明らかにそのメロディが記憶に刻まれ、コードに合うフレーズを探していた時に蘇った。純粋無垢な無意識の盗作だった。俺は著作権使用料を支払った」と書いています。

アピスは今、「Taj Mahal」について、こう語っています。

「ロッドは南米へ行き、あの曲を聴いて頭から離れなくなっていた。多分、頭にこびりついていて、俺たちが曲を書いているときに、ふっと出てきちゃって、それが他人の曲だってことに気づかなかったんだ。彼の頭から自然に出てきたんだよ」