HOME > ニュース >

レミー没後10年 ガールスクールがモーターヘッドとの日々を回想

2025/12/25 21:07掲載
メールで知らせる   このエントリーをはてなブックマークに追加  
Girlschool and Motörhead - Photograph: Adrian Boot/Urbanimage.tv
Girlschool and Motörhead - Photograph: Adrian Boot/Urbanimage.tv
モーターヘッド(Motörhead)との長年にわたる交流でも知られるガールスクール(Girlschool)レミー・キルミスター(Lemmy Kilmister)の没後10年にあわせ、ヴォーカル兼ギタリストのキム・マコーリフが英Metal Hammerの新しいインタビューの中で、モーターヘッドとの日々を振り返っています。

「モーターヘッドのオリジナルトリオは、最初から最後まで純然たるロックンロールだった。“Overkill”のような曲を書けたのは彼らだけ。他の誰にも書けなかった!鳥肌が立つような曲。“Metropolis”はライヴで聴くのが特に好きな曲のひとつだった。モーターヘッドのようなバンドは、もう二度と現れないでしょうね。

モーターヘッドとのツアーは、本当に特別な時間のひとつだった。本当に楽しかった。最初は彼らのことを全然知らなかったし、見た目はどう見ても強面だったけど、実は本当に優しい人たちだった。私たちはまだ結構若くて、小娘の私たちは、この人たちがスペシャルブリューを飲んで何をしているのかを眺めているような感じだった。私たちは1日1ポンドしかもらっていなかったので、そのお金を一杯に使うか、サンドイッチに使うか選ばなきゃならなかった。たいていビールね! でも、そのうち彼らが大きなビール箱を抱えて面倒を見てくれるようになった。

私たちはすぐに意気投合した。大きなステージに立つのは初めてだったので、彼らはいつも出番の前に“頑張れよ”と声をかけてくれた。ある夜、レミーがいつもより長く居座っていて“あれ?なんか変だな”と思っていたら、私がギターケースを開けたら、中に人間の手が入っていると思って気絶しそうになった。実は豚の頭の半分だった。レム、ありがとう。私のギターに脳みそがべったりくっついちゃったわよ!

最初のシングルはヴィック・メイルと一緒に作ったんだけど、その流れで彼が1980年のデビュー・アルバム『Demolition』も手がけることになって、そこそこ成功した。するとそれを聴いたモーターヘッドが“俺たちもヴィックがいい!”ってなって。要するに、私たちのプロデューサーをかっさらっていったわけ! ヴィックとレミーは古いロックンロールが大好きだったから意気投合して、じゃあガールスクールとモーターヘッドでコラボレーションして、バレンタイン・デーに何かぶっ壊す曲を作って“St Valentines Day Massacre”って呼ぼうというアイデアになったのよ。ヴィックがジョニー・キッド&ザ・パイレーツの“Please Don’t Touch”を提案すると、レミーはその曲が元々大好きだったから、話はトントン拍子で決まっていったの。

スタジオでは…あちこちで大騒ぎ! エディ・クラークはギターを放り投げるし、フィルシー・テイラーは首を痛めていてタンバリンすら振れない状態だった。それでも大笑いしながらレコーディングして、結局は(英BBCの番組)『トップ・オブ・ザ・ポップス』にも出演した、フィルは踊ってたわ。どこへ行くにも全部シェアするのが私たちの流儀で、『トップ・オブ・ザ・ポップス』収録のためにホワイト・シティへ向かうミニバスも皆で相乗りした。みんな子供みたいに興奮してた。小道具を扱う巨大な倉庫みたいな場所に行ったんだけど、“見てよ、このデカい倉庫! 小道具が山ほどある!”ってね。収録のあと、みんなで昔ながらの雰囲気のパブに入ったんだけど、店の年配の紳士たちが、まるで宇宙人を見るみたいな目で私たちをじっと見てたわよ」