
Iron Maiden – “Killers” Japan (1981)
アイアン・メイデン(Iron Maiden)の初来日公演を、バンドのマネジャーであるロッド・スモールウッドが英Classic Rock誌の最新号のインタビューの中で振り返っています。
スモールウッドはアイアン・メイデンを「世界的に大成功を収めるバンド」にしたいと考えていたため、アメリカよりも先に日本でのツアーを行ったという。
「メタルは世界的なものだ。俺はアイアン・メイデンを世界的に大成功を収めるバンドにしたいと思っていた。世界中で並行して成長していくことを望んでいたんだ」
しかし初の日本ツアーでは予想外の習慣に驚かされたという。1981年5月21日に東京厚生年金会館で行われた初来日公演を振り返っています。
「日本は最高だった。まったく異なる文化を体験できたからね。
一番奇妙に感じたのは観客が全員座っていたこと。ファンが興奮して立ち上がると、セキュリティのスタッフが丸めた新聞紙で頭を叩くんだよ。するとそのファンは座るけど、今度は別の場所で誰かが立ち上がる。そしてまたポン!と座らされる。まるでモグラたたきのようだったよ。実に風変わりな光景だった」
スモールウッドがアイアン・メイデンが成功したと初めて感じた瞬間は、1983年6月28日のシアトル・コロシアム公演だという。その瞬間を振り返っています。
「アメリカ初のアリーナ公演がソールドアウトになった。この時点でアルバムは38万枚売れていた。正確な数字は今でも覚えてるよ。
今までずっとサポート・アクトとしてツアーをしてきて、ついにヘッドライナーを務める時が来た。劇場にするかアリーナにするか? もしあの時、今と同じ知識があったなら、絶対アリーナは選ばなかっただろう。プラチナ・アルバムだってアリーナを満員にできる保証はないんだから。インスピレーションだったと思いたいけど、今思えば、ただのクソみたいな無謀がたまたま成功しただけなんだ。
シアトルはそのツアーの6番目の公演だった。13,000人完売だ。本当に、本当に感謝した。同じツアーで(ニューヨークの)マディソン・スクエア・ガーデンもソールドアウトにした。会場までストレッチリムジンで向かった時の“すげえ、やったぜ!”という感覚は絶対忘れない」