
Rockfield: The Studio On The Farm
クイーン、ブラック・サバス、ジューダス・プリースト、モーターヘッド、ロバート・プラント、オアシスなど、1970年代から2000年代にかけてブリティッシュロックの数々の傑作が録音されたロックフィールド・スタジオ。農場の中に作られたこの伝説的スタジオには「キッチンの女王」と呼ばれた専属の料理人がいました。その女王の娘で、6歳から12歳までロックフィールド・スタジオにバンドと一緒に住んでいたティファニー・マーレイが英BBCの取材に応じて、当時を振り返っています。
マーレイの家族はもともと、イングランド西部のヘレフォードシャーで暮らしていて、その家で彼女の母親であるジョアンはバンド向けにリハーサルスペースを貸し出していました。ブラック・サバスやクイーンなど多くのバンドがそこで録音していました。やがてバンドたちはロックフィールドにレコーディングの拠点を移しますが、ジョアンの料理について懐かしむようになったことがきっかけに、彼女は専属の料理人としてロックフィールド・スタジオに雇われることになりました。こうして、マーレイが6歳の時、彼女の家族はロックフィールド・スタジオに移り住みました。
マーレイの回顧録『My Family and Other Rock Stars』では、母親のジョアンがクイーンやデヴィッド・ボウイなどのために料理をしていた様子が詳しく書かれています。
マーレイは英BBC Radio Gloucestershireの取材に、こう話しています。
「私は一人っ子だったので、母が深夜までキッチンで料理や片付けをしている間、自由に過ごしていました。幼い頃からスタジオに入り込んで、ミュージシャンの邪魔をしていたんです。母と私はバンドたちと一緒に暮らしていました。私たちはシャレー(家屋)に住んでいたので、フレディ(マーキュリー)が隣にいることもありました。そこではそれが普通のことだったのです」
マーレイは、英国の伝説的なアーティストたちの好みや味覚を明かしています。
「母によると、フレディはかなり洗練された味覚を持っていたけど、あまり濃厚ではなかったと言っていました。母が特に好きだったのは(イギリスの料理研究家)ファニー・クラドックのクレープ・シュゼットを作ることでした。ダイニングルームでクイーンの前で火をつけると、みんなが拍手していました」
マーレイによると、ジョアンは「キッチンの女王」として君臨していたという。「母は寮母で、彼らは寮生のようでした」と語っています。
マーレイはまた、母親がフレディ・マーキュリーによって書かれたあるヒット曲のミューズだったと信じています。歌詞にそのヒントがあると彼女は考えています。
「(楽曲の一部はロックフィールド・スタジオにて制作された)“Killer Queen”は、私の母親について書かれた曲だと思います。他にも様々な説はありますが...“バロネス(※男爵の階級を持つ貴婦人)のように話し”とか、“美しいキャビネット”とか。母はいつもモエ・エ・シャンドンを飲んでいました。これは母のことだと思います。
母は82歳になった今でも、あの頃のままの女性です」