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米国の入国管理の取り締まり強化により、ミュージシャンが米国ツアーを再考する動きが広がる 「今、米国に行くことを本当に楽しみにしている人はいない」

2025/05/14 14:04掲載
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United States of America
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米国の入国管理の取り締まり強化により、国際的に活躍するミュージシャンが米国ツアーを再考する動きが広がっています。米国のアーティストビザを取得するための手続きは以前から複雑でしたが、いまの状況下では、金銭的、安全面でのリスクに見合わないと判断するケースが増えているという。米国の公共ラジオ局NPRが特集しています。

トランプ大統領が2期目の任期に就いた際、彼は米国史上最大の強制送還キャンペーンを実行すると公約しました。大統領就任から3ヶ月以上が経過しましたが、彼の政権による取り締まりは、合法的な滞在資格を持たない不法滞在の移民だけでなく、永住者、留学生、ビザ保持者、観光客までも巻き込んでおり、トランプ大統領は米国市民も次に強制送還の対象になる可能性があると述べています。

カナダやドイツを含むいくつかの国は、自国民がビザ違反の容疑で非人道的な環境の収容施設に数週間にわたって収容されたことを受け、米国への渡航に関する勧告を更新しました。

ドイツのドラマーでブッキングエージェントでもあるアレクサンダー・エージェンシーのアレックス・ベルナスはこう言っています。「今、米国に行くことを本当に楽しみにしている人はいないでしょうね。私は、さらなる通知があるまで待つことにしました。以前から大変でしたが、今は本当に不可能に近いように思えます」

ニューヨークの移民弁護士マシュー・コヴィーは、彼の事務所CoveyLawを通して毎年何千人もの国際的なアーティストを支援していますが、現在は「前例のないICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)の取り締まり」の報告を受けて、数十人のアーティストが米国ツアーを断念し、米国市場を優先するかどうか再考するきっかけになっていると述べています。「 (彼らは) “今年は米国ツアーはやめておく。母国に残るか、ラテンアメリカでツアーをするか、アジアに行くか”だと決めています」

カナダ出身で2020年に米国市民権を取得したニール・ヤングも、大統領への批判を理由に再入国を拒否された場合、8月に予定していた米国ツアーを中止せざるを得ない可能性があると懸念を以前に表明しています。

しかし、国際的なアーティストが直面する困難はトランプ政権から始まったわけではありません。歴史的に見ても、米国はカナダやヨーロッパの多くの国々と比較して、ツアーを行う上では、あまり友好的ではない場所でした。カナダやヨーロッパの多くの国々は、海外アーティストがもたらす経済効果を考慮して、障壁を低くしてきました。例えば、米国のアーティストは、2週間以内の滞在であれば、労働許可証なしでカナダで公演を行うことができます。

一方、「米国のアーティストビザ手続きは、何世代にもわたって非常に費用がかかり、信じられないほど時間がかかり、複雑なプロセスであり、米国の文化交流や文化商業の妨げとなってきました」とコヴィーは指摘しており、「状況は少しずつ悪化し続けている」とも述べています。

米国でツアーを行うためには、ほとんどのアーティストがOビザまたはPビザを取得する必要があります。申請するには、ブッキングエージェントなどのスポンサーが、アーティストの文化的独自性や国際的な知名度を証明する書類(過去の公演記録、今後の公演予定、プレス記事、受賞歴、推薦状など)に、契約書や米国ツアーの日程を添えて、アーティストが就労ビザを申請する際の政府機関である米国市民権・移民業務局(USCIS)に請願書を提出しなければなりません。この書類を揃えるのに1ヶ月以上かかることも珍しくありません。

アーティストがアメリカ音楽家連盟(AFM)またはその他の認定労働組合から協議書を入手した後、スポンサーが請願書を提出できます。承認されると、一部の例外を除き、ほとんどのアーティストは米国大使館で領事面接を受ける必要があります。申請手数料と弁護士費用を合わせると、プロセス全体に1万ドルかかることも珍しくありません。

コヴィーは「バイデン政権の最後の年から、請願書の処理の遅延が非常に極端で予測不可能になり、アーティストが米国でのツアーを計画する際には、以前はなかった3,000ドル近い緊急手数料を支払う準備をしなければならなくなりました」と述べています。

英国のエクスペリメンタル・ポップスターであるFKA twigsは3月、コーチェラ・フェスのわずか数週間前に米国ツアーをキャンセルしました。これは、彼女のスタッフがビザ申請を十分に前もって提出しなかったためです。

ポーランドのロックバンドTrupa TrupaのリードシンガーであるGrzegorz Kwiatkowskiは、最新の米国ツアーのための緊急申請が承認されるまで6ヶ月かかったため、バンドはパフォーマンスの機会を逃すことになりました。「僕たちにとっては、ある種のミッションインポッシブルのようなものでした。課題が次から次へと出てきて、問題が山積みだったよ」

業界の専門家は、アフリカ、ラテンアメリカ、アラブ諸国のアーティストは、米国大使館で追加の質問や書類提出を求められることが多く、それがビザの発給遅延につながり、公演中止や収入減の可能性を高めていると指摘しています。

ビザがようやく承認されたとしても、税関・国境警備局の職員が、そのアーティストが入国できるかどうかを最終的に判断します。

「ビザを持っていて、ここに到着したからといって、必ずしも米国への入国が許可されるわけではありません」と、ベイエリアのブッキングエージェントで、自身の会社社Riot Artistsを通じて25年以上にわたり国際的なアーティストと仕事をしてきたビル・スミスは言っています。

「トランプ政権下では、さまざまな政策変更や指示により、一部の入国審査官が与えられた裁量権を逸脱した行動をとる可能性は十分にあると言えるでしょう」と、AFMのカナダ担当副会長であるアリステア・エリオットは語っています。

ビル・スミスのクライアントは、今年に入ってからこれまで米国への入国に問題はありませんが、彼は現在の政策がアーティストたちに与える影響を懸念しています。

「(あるグループを招くためには)1万ドル以上を事前に負担しなければならず、ビザ取得には約半分の費用がかかります、そのビザが取れるかどうかも分からないのに。ホテル代、航空券代、ビザ申請費用にその金額を費やしても、ビザが却下される可能性は十分にあるのです。

こうした初期費用だけが、海外アーティストにとっての経済的な障壁ではありません。ほとんどの場合、IRS(米国内国歳入庁)は彼らの米国公演からの総収入に対して30%の税金を徴収します。そして、米国でのツアーは非常に費用がかかることで知られています。音楽業界のトップクラスを除けば、パンデミック後のコスト上昇や観客の不安定さにより、米国のアーティストでさえ収支を合わせるのに苦労しています」

コヴィーは「アメリカに行くと素晴らしい時間を過ごせますが、ギャラはピザで、誰かの家の床で寝ることになる。実際にギャラが支払われ、ホテルに泊まれる世界の他の地域とは対照的なのです。それが自分のキャリアにとってどのように経済的に重要なのか、本当に明確な戦略を持っていないと、やる価値がないのです」と述べています。

アレックス・ベルナスは「ミュージシャンとしてキャリアをスタートさせた時の目標は常にアメリカでツアーを回ることが最大の目標だった。音楽業界で経験を積むにつれ、実際にはヨーロッパの方が、何かを始めるのが簡単で、音楽で収入を得たり、観客に届けることがより容易だと気づいた」と述べています。

米国税関・国境取締局(CBP)の方針では、政治的信条を理由に旅行者への報復措置を取らないと明記されていますが、米国でのツアーを計画する一部のアーティストは、米国政府を批判する内容の投稿をオンラインで控えるよう注意しています。ツアーを続けることを選んだアーティストたちは、デジタルプライバシーに関して特に注意を払っています。国境警備官は旅行者の携帯電話、コンピューター、カメラを調べる権利を有しており、「詳細な検査」が必要だと判断した場合は、データをコピーすることもできます。

4月に短い米国ツアーを行ったイギリスのパンクバンド、Subhumansのディック・ルーカスは「万が一、没収されたり調べられたりする可能性を考えて、普段使っている携帯電話は持っていかず、新しい携帯電話を2台用意した」と述べています。