NHKで作曲された日本の電子音楽群。電子テクノロジーとメディアの交錯によって作られた20世紀・未来の音楽の歴史の全貌がラジオ放送開始100周年の今年、はじめて明かされる。書籍『NHKの電子音楽』がフィルムアート社から7月12日発売。
1925年の東京放送局開局によって訪れた黎明期から、日本のみならず世界の電子音楽史に大きな足跡を残した「NHK電子音楽スタジオ」、そして、その役割を徐々に終えていく2000年代まで、NHKを中心とした日本の電子音楽の歴史を余す所なく調査・記述しています。
■『NHKの電子音楽』
川崎弘二=著
発売日 2025年7月12日
本体価格 18,000円+税
判型 A5判・上製(函入)
頁数 1,432頁
ISBN 978-4-8459-2504-9
装画 駒井哲郎「夜の森」(1958年)
装幀 佐々木暁
<内容>
国内外にその名を馳せたNHK=日本放送協会で作曲された日本の電子音楽群。
電子テクノロジーとメディアの交錯によって作られた20世紀・未来の音楽の歴史の全貌が
ラジオ放送開始100周年の今年、はじめて明かされる。
1956年の黛敏郎・諸井誠「七のヴァリエーション」、1966年のカールハインツ・シュトックハウゼン「テレムジーク」、1967年の湯浅譲二「ホワイト・ノイズによるイコン」など音楽史にその名を刻む数々の作品が生み出される舞台となった「日本放送協会=NHK」。
本書では1925年の東京放送局開局によって訪れた、聴覚のみで伝える新しいメディア=ラジオの登場による新たな音響表現が模索された黎明期から、電子音響による創作の可能性が見出され、本格的に電子音楽制作を進めていくなかでNHKに電子音楽のためのスタジオが仮設された1954年、電子音楽が国家的規模のメディア・イベントで用いられた1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博といった黄金期での状況、そしてその役割を徐々に終えていく2000年代まで、NHKを中心とした日本の電子音楽の歴史を余す所なく調査・記述しています。
巻末には人名索引、主要作品リストを収録。
<本書のポイント>
◎書籍、雑誌・新聞記事、放送台本、自筆譜、内部資料、著者によるインタビューなどによりこれまで電子音楽スタジオの関与が確認されていなかった作品・新事実を多数発掘しています。また、調査対象は作曲家だけではなく、プロデューサー・エンジニアといった関係者にもおよび、集団創作に関わる人々の重要性を確認できます。
◎電子音楽の歴史は、効果音・擬音の制作、ステレオ技術を用いた立体放送、テープ録音、マイクロフォン録音、PCMの登場など録音再生技術の発展史としても読むことができます。本書では新しい音色としての電子音楽だけではなく、そうしたテクノロジーによる空間や時間、人間性をも含めた新しい音楽のあり方がどのように模索・実践されたのかについても記述しています。
◎新たな音楽として世界的規模で発達したミュジック・コンクレート、エレクトロニッシュ・ムジークが日本でどのように受容されたのか。既存の音楽との相違をめぐる作曲家・評論家たちの議論や、実際の電子音楽を聴くことがなかなか叶わないなかでの作曲や、理想の音響操作を実現するために制作されたオーダーメイドの機材など、黎明期の状況を知ることができます。
◎オンド・マルトノやテルミンといった初期電子楽器、その後のシンセサイザーなど、電子楽器が日本に紹介・輸入されていく過程にも触れられており、電子楽器受容史として読むこともできます。
◎本書では作曲作品だけではなく電子音楽が用いられたラジオ・ドラマや映画などについても調査をしています。とくに1946年に創設された芸術祭、1947年に創設され1956年から日本も参加することになったイタリア賞は、各放送局が積極的に乗り出したことで日本の電子音楽の発展に寄与してきました。そうしたメディア祭が各時代でどのような役割を果たし、どのように創作に反映されてきたのかも明かされます。
◎NHKでは電子音楽にとどまらずでは多くの現代音楽の作曲家が制作を行ってきました。本書では作曲史に残る作品はもちろんのこと、これまで言及されることの少なかった作曲家・作品についても詳述しており、日本の現代音楽史として読むこともできます。
◎1925年のラジオ放送開始当初から、放送では具体音や擬音を用いた新たな音響表現の方法が模索されていました。こうしたNHKに電子音楽のためのスタジオが設立にいたる前史を知ることで、その後なぜこのような発展を遂げたのか、あるいは、そこで求められていた役割を知ることができます。また、日本において「電子音楽」の語が用いられた最初期の例にも触れています。
◎1950年代以降のNHK電子音楽スタジオでは、黛敏郎、諸井誠、高橋悠治、一柳慧、松平頼暁、石井眞木、湯浅譲二、柴田南雄、三善晃、小杉武久、広瀬量平、近藤譲、篠原眞、佐藤聰明といった錚々たる面々による制作が行われてきました。本書ではNHKの電子音楽スタジオとの関係が確認できた楽曲について、当時の制作状況、同時代評、用いられた機材や、塩谷宏、佐藤茂、高柳裕雄、小島努、上浪渡ら技術者・プロデューサーの証言などから詳述しています。
◎1964年の東京オリンピックでは、黛敏郎「カンパノロジー・オリンピカ」が開会・閉会式で大々的に再生されました。本書ではこの曲が電子音楽によって作曲されるにいたった経緯だけではなく、国立競技場という広い空間で音響を鳴らすために用いられた音響技術も明らかにしています。
◎2025年に開催される大阪万博の55年前、1970年の大阪万博では、日本館(入野義朗、柴田南雄、三善晃)、鉄鋼館(武満徹)、せんい館(湯浅譲二)、お祭り広場(松平頼暁、松下真一、一柳慧、小杉武久)などで多くの電子音楽が用いられていました。本書ではNHKで制作された万博のための電子音楽を網羅し、各館のコンセプトや再生技術、美術・文学といった他領域とのコラボレーションがどのようであったのかも記述しています。
◎1980年半ば以降、芸術祭でのラジオ部門の消滅や、民間や大学のスタジオなどでも電子音楽の制作が可能となり、機材の更新もされないことから徐々にその役目を終えていくNHKにおける電子音楽の創作ですが、そうしたなかでも西村朗、北爪道夫、吉松隆、菅野由弘、後藤英、中川俊郎、山内雅弘、平石博一、栗山和樹、南聡、伊左治直、金子仁美といった新たな若い才能たちによる創作がおこなわれていました。本書ではそうした晩年の創作の実態、そして創作の場としての役割を終えるにいたるまでのさまざまな内部事情などにも触れています。
◎ラジオの音響・擬音の制作は、映画における効果音のノウハウどころかトーキー映画すら日本に上陸していなかった1920年代半ばに暗中模索のなか始まりました。ラジオ・ドラマの黎明期には、マイクロフォンの使い方を映画におけるカメラになぞらえる手法が取られていましたが、制作が進むにつれて、次第に音響のみを用いた独自の表現が確立され、映画などの他のメディアから独立した表現の探求が進められました。その後、「夜の終り」(芥川也寸志)、「カルメン純情す」、「赤線地帯」(黛敏郎)など黒澤明や溝口健二の作品における先駆的な例では電子テクノロジーが取り入れられ、映画に新たな表現が導入されるようになります。このように本書では映画という芸術との関係のなかで音響芸術がどのように発展していったのかを知ることができます。
<プロフィール>
[著]
川崎弘二(かわさき・こうじ)
1970年大阪生まれ。2006年に「日本の電子音楽」、2009九年に同書の増補改訂版(以上愛育社)、2011年に「黛敏郎の電子音楽」、2012年に「篠原眞の電子音楽」、2013年に「日本の電子音楽 続 インタビュー編」(以上 engine books)を上梓。CD「NHK 現代の音楽 アーカイブシリーズ」(ナクソス・ジャパン)における黛敏郎/湯浅譲二/松平頼暁/林光/石井眞木/一柳慧、実験工房の解説を執筆(2011~13年)。2014年にNHK Eテレ「スコラ 坂本龍一 音楽の学校 電子音楽編」に小沼純一/三輪眞弘と出演。2013年から2014年にかけて神奈川県立近代美術館/いわき市立美術館/富山県立近代美術館/北九州市立美術館/世田谷美術館において開催された「実験工房展」の関連イベント「ミュージック・コンクレート 電子音楽 オーディション 再現コンサート」を企画。2015年に開催された「サラマンカホール電子音響音楽祭」においてプログラム・アドバイザーを担当。2017年から18年にかけて芦屋市立美術博物館において開催された「小杉武久 音楽のピクニック」展に企画協力/図録編集/上映会企画で参加。2018年に「武満徹の電子音楽」(アルテスパブリッシング)、2019年に「北村皆雄の1960年代」(engine books)、2020年に「日本の電子音楽 続々 インタビュー編2」、2021年に「日本のライブ・エレクトロニクス音楽」(有馬純寿と共編)、「東京オリンピックの電子音楽」、「ストーン・ミュージック 長谷川時夫の音楽」(以上engine books – difference)、2023年に共著「新説 松本俊夫論」(戦後映像芸術アーカイブ)、松井茂との共著「坂本龍一のメディア・パフォーマンス」(フィルムアート社)を上梓し、2022~23年に雑誌「AGI」において「メルツバウ・ヒストリーインタビュー」を連載。