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ロバータ・フラック死去

2025/02/25 00:37掲載(Last Update:2025/02/25 01:17)
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Roberta Flack - Photo by Brad Barket/Getty Images for Women's Sports Foundation
Roberta Flack - Photo by Brad Barket/Getty Images for Women's Sports Foundation
シンガーのロバータ・フラック(Roberta Flack)が死去。彼女の代理人が発表。死因は明らかにされていません。88歳でした。

以下、米Varietyが報じたフラックの代理人の声明より。

「偉大なロバータ・フラックが今朝、2025年2月24日に亡くなり、私たちは悲しみに暮れています。彼女は家族に囲まれて安らかに息を引き取りました。ロバータは境界線を打ち破り、記録を打ち立てました。また、彼女は誇り高い教育者でもありました」

ロバータ・フラックは1937年2月に米ノース・カロライナ州ブラック・マウンテンで音楽一家に生まれる。幼少期にマヘリア・ジャクソンやサム・クックのゴスペルに感銘を受ける。9歳でピアノを学び始め、15歳でワシントンD.C.のハワード大学に全額奨学金で入学。クラシック、声楽を学んだ。19歳で大学を出た後はハワード大の大学院に進学したが父親の死で中退し、中学校の音楽教師やナイトクラブでピアノ演奏をしながらキャリアを積んだ。

1969年にアルバム・デビューを飾り、1972年に「愛は面影の中に(The First Time Ever I Saw Your Face)」が全米1位の大ヒットを記録し、グラミー賞の最優秀レコード賞を受賞した。 翌1973年には「やさしく歌って(Killing Me Softly with His Song)」も全米1位の大ヒットを記録、 グラミー賞の最優秀レコード賞、最優秀楽曲、最優秀女性ヴォーカルの三部門で受賞した。

魂に訴える歌声、しなやかなサウンド作り、華やかな存在感で音楽シーンを牽引したフラックは1970年代にはダニー・ハサウェイとのデュエット曲も多く、1972年と1980年にデュエット・アルバムを発表したのに加えて、「恋人は何処に(Where Is the Love)」(1972年)、「私の気持ち(The Closer I Get To You)」(1978年)などハサウェイとの共演ナンバーがアメリカでヒットした。

1983年にはピーボ・ブライソンとのデュエット曲「愛のセレブレイション(Tonight, I Celebrate My Love)」がヒットした。

親日家としても知られ、平井堅や渡辺貞夫とのコラボレーションも好評を博した。

2022年には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されたことを公表。歌うことが不可能になったため演奏活動を引退した。