アイアン・メイデン(Iron Maiden)の
スティーヴ・ハリス(Steve Harris)は、
ポール・ディアノ(Paul Di'Anno)を解雇し、
ブルース・ディッキンソン(Bruce Dickinson)と交代させた時のことをMusicRadarのインタビューの中で振り返っています。ヴォーカリストを交代させることでバンドのキャリアが台無しになるのではないかと心配だったという。
「1stアルバムで4位になったし、2ndアルバムは英国で11位かそこらまで行った。俺たちは、すでにかなりうまくいっていた」
しかし、ツアー中にディアノのパーティー好きが問題になりました。ディアノが声を失ったため、いくつかのライヴをキャンセルしたこともありました。ハリスは、ディアノには自己破壊的な傾向があったと考えているという。
「本当かどうかはわからない。でも彼と一緒にいると、そう感じた。とにかくシンガーというのは、少し不安を抱えがちなものなんだ。全員がそうというわけではないけど、多くの人がそうであり、それを虚勢で隠そうとするんだよ。
俺たちはツアーをたくさんしていたが、ポールはそれに抵抗していた。彼は、自分が得意ではないことをやらされていたので、半分の時間はイライラしていた。たしかに、そういうことも少しはあった。
彼は俺たちをからかうために、バカなことをするんだ。でも、それがポールだった。それが彼だったんだよ」
ディアノを解雇する前に、ハリスはすでに後任シンガーを決めていました。ブルース・ディッキンソンだった。しかし、交代が決まったとき、ハリスはある疑念を抱いたという。
「ブルースがどんなに優れたシンガーだとしても、シンガーが交代したことで、あれだけ苦労してきたのに、これまでやってきたことすべてが水の泡になってしまうのではないかと考えていた」
その後、ディキンソンを迎え、バンドはアルバム『The Number Of The Beast』をレコーディングし、1982年初頭の英国ツアーの準備を進めるなか、ハリスはまだ疑念を抱いていました。
「素晴らしいアルバムであることをわかっていたし、良い曲が揃っていることもわかっていた。でも、本当に良いアルバムを作っても、あまり売れずに消えていったバンドを俺は長年見てきた。だから、何の保証にもならなかったんだ。チケットがたくさん売れるかどうかはわからなかったしね。だから、当時は興奮する一方で、心配でもあった」
結果的には、『Beast On The Road』ツアーは大成功を収めました。
「ツアー全体が素晴らしかった。アルバムはまだリリースされていなかったので、ファンが知らない曲も演奏していた。アルバムがリリースされたのはツアーの終わりになってからで、リリースするまでは、かなり慌ただしく、クレイジーな時期だった。何かリリースできるものがないかと考えてシングルをリリースした。“Run To The Hills”を急いでリリースしたんだけど、それがものすごく売れたんだ。
ブルースは俺たちを別のレベルに引き上げてくれた。本当にそうだったと思う。当時はそうなるかどうかわからなかったけどね」