ボン・ジョヴィ(Bon Jovi)のデビューシングル「Runaway」には、
ジョン・ボン・ジョヴィ(Jon Bon Jovi)がバンドを結成する前の1981年に録音された、いわゆる「パワーステーション・デモ」ヴァージョンが収録されています。このヴァージョンでギターを担当したセッション・ギタリストの
ティム・ピアース(Tim Pierce)はMusicRadarの新しいインタビューの中で、ジョンと初めて会ったときのこと、「Runaway」のレコーディングについて振り返っています。「ギターソロは完全に即興だった。あの曲が世に出て、彼の最初のシングルになるとは夢にも思わなかったよ」と語っています。
「当時、ジョン・ボン・ジョヴィは19歳、僕は23歳だった。ジョンは19歳にしてロック・スターになることだけに全力を注いでいた。ロック・スターになることに完全に集中していたからこそ、彼はそれを成し遂げることができたんだと思う。
彼は、ビジネス面において、自分が何ができ、ビジネスが自分に何を求めているかを理解していた。つまり、彼は魅力的な若者で才能あるソングライターであり、何の邪魔もなかった。若くて才能のあるスポーツ選手に出会ったようなもので、彼はとても優れていて、フィールドに出て優勝したいと思っていたような感じだった」
ジョンは当時、彼の従兄弟であるトニー・ボンジオヴィが所有していたレコーディングスタジオのパワーステーションで清掃員兼アシスタントとして働いていました。ジョンはここで人脈作りもしており、その人脈をどう活用するかも心得ていたという。
「彼はすでに家族を通じて人脈を持っていた。彼は子供だったが、自分が何をしたいのかを非常に本能的に理解しており、スタジオで働き、ブルース・スプリングスティーンやパワーステーションのさまざまな人々と交流していたので、ビジネスの交渉の仕方を知っていた。
本質的には、僕はジョン・ボン・ジョヴィと同じような存在だったんだけど、それほど集中していなかった。僕はギター奏者としてのキャリアを築きたいと思っていた。正直なところ、自分がどのようなものになるのか、どこに行き着こうとているのか気にしていなかった。ただ、自分に回ってくる仕事をすべて引き受けていた。その時点では、仕事がどんどん舞い込んできていた。さまざまな仕事があったよ」
ピアースの仕事にはボン・ジョヴィのライヴは入っていませんでしたが、デモのために演奏してほしいと依頼されました。このデモには、ベースにヒュー・マクドナルドがいました。ドラムはフランキー・ラロッカ。キーボードはロイ・ビタンが参加しています。
「その曲の1つが“Runaway”だった。バンドがレコード契約を結んだ際、この曲を再録しようとしたと思う。でも、うまくいかなかった。それで、彼らは僕たちが録音したヴァージョンをリリースしたんだ。僕たちが完全にクレジットに記載される形でね。
(この曲には、素晴らしいギターソロがあるが)
あれは完全に即興だった。あの曲が世に出て、彼の最初のシングルになるとは夢にも思わなかった。
レスポールとマーシャル、それにシェクターのストラトキャスター(のコピー)を使った。とてもシンプルな機材だよ。一部は借りたもので、一部はレンタルしたもの。自分としては、とにかく最高のソロを弾こうとしていた。考えながら、でも考えないようにしながら、という感じだった。
ギターを弾いて育ち、ヒーローの演奏を真似しようとしていたのに、突然、自分がそのゲームに参加して実際に演奏していることに気づくというね(笑)。(今、あれが)できるかどうかわからない。ベストを尽くすだけだ。人々が反応してくれると“ふぅ!これならできるかも”と思うよ。
僕たちはパワーステーションのチームと一緒にやった。全員が一緒に取り組んだ、純粋なコラボレーションだった。僕たちはこの曲を録音し、それから上の階にある小さな部屋に行き、ギターとソロをオーバーダビングし、僕はソロを作り上げた。他の人たちのアドバイスや協力を得て制作し、彼らは意見を言ってくれたんだ」