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ジョン・コラビ、ジャック・ラッセルを追悼/モトリー・クルー時代に経験したAC/DCやエアロスミスとのセッションについても語る

2024/08/21 14:55掲載
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John Corabi
John Corabi
ジョン・コラビ(John Corabi)はUltimate Classic Rockの新しいインタビューの中で、グレイト・ホワイト(Great White)のオリジナル・シンガーだった故ジャック・ラッセル(Jack Russell)との思い出を振り返り、またモトリー・クルー(Mötley Crüe)時代に経験したAC/DCエアロスミス(Aerosmith)とのセッションについても振り返っています。

Q:あなたと話しているうちにジャック・ラッセルの死を知ってから1日が経とうとしています。

「そうだね、残念だよ。1年くらい前だったかな、アコースティック・セットをやったんだ。俺と(元デンジャー・デンジャーのヴォーカリスト)テッド・ポーリー、そしてジャックと(彼のギタリスト)ロビー・ロッホナーでさ。ショックだったよ。しばらくジャックに会っていなかったからね。彼は松葉杖を2本ついていて、とても弱々しい感じだった。でもね。彼はそこに入ってきて、椅子に座ると、ものすごい声量で歌ったんだよ。俺はただただ“すごい”と思った。驚いたよ。彼は身体的には弱っているように見えたけど、目を閉じて彼の歌声を聴くと、時間が経ったようには聴こなかった。まるで昔のジャックの歌声のようだった。だから、昨日それを聞いたときは悲しかったよ。

(Q:彼は素晴らしい歌声を保ち続けていた。あなたがシンガーとして、そういうことを評価しているのはわかります)

俺は、自分たちがやっているようなことをやって、それで成功した人は誰でも尊敬している。グレイト・ホワイトは、僕がロサンゼルスに引っ越してきたときに最初に観たバンドのひとつなんだ。ロキシーで観たんだけど、彼らはレコード契約の合間のような時期だった。彼らは(アルバム)『Once Bitten』のために曲を書いていたと思う。ちょうどその頃だった。彼らがロキシーで演奏しているのを見て、俺はただただ“すごいな”と思ったよ。それから彼らは(レッド)ツェッペリンの曲をいくつか演奏したんだけど、それは本当に素晴らしかった。だから悲しいよ。自分のヒーローや音楽仲間が亡くなるのは嫌だよ。俺たちはみんな年を重ねてきたからね。みんな亡くなり始めているんだ」

ジョン・コラビの回顧録では、幸運にも経験することができた多くのことについて語られています。その中から、このインタビューではAC/DCやエアロスミスとのセッションについて語っています。

「AC/DCの話。モトリー(クルー)のツアー・マネージャーで、俺たちの良き仲間であり、日頃からお世話になっているマイク・アマトがカタリナ島で結婚式を挙げた。俺はバンドに入って1ヶ月ほど経った頃、その結婚式に招待された。妻と俺はトミー・リーの家に行った。ヘリコプターで飛んで行ったんだけど、もうそれだけで興奮したよ。ヘリコプターに乗ったことがなかったからね。着陸する時、マイクがゴルフカートで近づいてくるのが見えた。そこにはもう一人男がいた。その人はあの帽子をかぶっていて、俺は彼を見ながら“この人はどこかで見たことがあるな”と思っていた。その時はまだ、彼が誰なのかはわかっていなかった。マイクが“やあ、彼はブライアンだ”と言ったので、俺は“おお、やあ!”と声をかけた。俺はその時、何か変な表情をしていたと思う。マイクはすぐに“AC/DCのブライアン・ジョンソンだよ”と言ったんだ。俺は“なんてこった!”って感じだったよ。ホテルに戻り、荷物を置いてから、トミーとヘザー(ロックリア)、妻のヴァレリーと俺、ミック(マーズ)と妻のエミ(キャリン)、ブライアンと妻のブレンダ、みんなでメキシコ料理のレストランに行った。午後はずっとカタリナ島の海沿いに座って、食事をして、それからすっかり酔っ払ってしまった。

ホテルに戻る途中、あるバーに入って、そこの連中に機材を使わせてもらえないか頼んでみたんだ。ジャムセッションを始めた。“Back in Black”や“Walk This Way”などクレイジーな曲をいろいろと演奏した。“Back in Black”を演奏しているとき、ブライアンが歌い、ミックがギターを弾き、トミーがドラムを叩き、俺がベースを弾いていた。“なんてこった、モトリー・クルーの一員として、AC/DCのリードシンガーとジャムセッションしているんだ”という、目を見張るような瞬間を経験したんだ。

もうひとつの瞬間は、レコーディングのためにスタジオに行った時、エアロスミスもそこにいた時だった。俺はギターパートをいくつか担当したんだけど(プロデューサーの)ボブ・ロックが俺のアンプの音やマイクの位置とかがが気に入らなかったんだ。彼は“ちょっと休憩してこい”と言った。俺はラウンジに座って、ひとりでアコースティック・ギターを弾いていた。(レッド・ツェッペリンの)“Over the Hills and Far Away”を弾き、それから(エアロスミスの)“Seasons of Wither”の冒頭を弾き始めたんだ。ヴォーカルが入ってくるところで声が聴こえた。振り返るとスティーヴン(タイラー)だった。彼は俺の後ろに立っていて、俺の耳元で歌い始めたんだ。彼は俺と一緒にソファに座り、ギターのチューニングを彼が使う変なチューニングに直して、彼がこの曲を書いた経緯を話してくれたよ。そのあと、実際にソファに座って一緒に演奏したんだ。俺は“信じられない、今死んでもいい”って感じだったよ」