Van Halen / Van Halen III
ヴァン・ヘイレン(Van Halen)の1998年アルバム『Van Halen III』は、
エディ・ヴァン・ヘイレン(Eddie Van Halen)がアルバムのプロデュース、楽器演奏、ソングライティングに広範囲に関与していることから、バンド作品というよりもソロ・プロジェクトだと考えている人もいます。しかし、エディと共に本作をプロデュースしたマイク・ポストは、新しいインタビューの中で、エディのソロ・アルバムにするつもりはなく、「エディのやり方」で作られたプロジェクトだったと主張しています。
ポストはポッドキャスト『The Hustle』のインタビューの中で、こう話しています。
「彼が僕を雇ったのは、音楽的に僕を尊敬していたからであり、僕が彼よりもはるかに、ずっと技術寄りな人間だったから。(僕は)天才という点では(彼と)同じ宇宙にもいない。僕は違うが、彼はそうだった。
(『Van Halen III』は)ソロ・アルバムにするつもりはなかった。エディのやり方でアルバムを作るつもりだった。リード・シンガーとの話し合いもなかった。このリード・シンガー(ゲイリー・シェローン)はヴァン・ヘイレンで育ってきたし、サミー(ヘイガー)のように自意識過剰な人間ではなかった。エディは基本的にこう言っていた。“自分のやりたいように歌って”。
だから、僕がしたことは(アレックス・ヴァン・ヘイレンと)交わした会話に凝縮されているんだよ」
アルバムのレコーディング前にエディと交わした会話を思い出しながら、ポストはこう続けます。
「全部エドの家でやることになって、僕はこう言った。“いいかい、エド、僕は君にギターの弾き方を教えるつもりはない。曲の作り方も教えるつもりはない。ゲイリーに歌い方を教えるつもりもない。僕が本当にやろうと思っているのは、君の夢を実現する方法を見つけることなんだ。もし何かおかしいと思ったら、それは言うつもりだけど、本当にそれだけなんだ。僕からは出てこない”。
彼が僕に(プロデュースを)任せたのは、彼が“シラフでやりたい。変えることなくやりたい”と思ったからだった。僕は“いいね。僕は君のためにここにいるんだ......そうしよう”と答えたよ」
レコーディングが始まると、離婚と飲酒で荒れていたアレックスが本来のプレイをしていないことがエディにはすぐにわかりました。ポストはこう続けます。
「彼はアルらしい演奏をしていなかった。エドは“どうしたらいいかわからない。兄なんだ”と言っていた。僕が“どうしたらいいと思う?”と言ったら、彼は“自分のこと、家族のことをちゃんと考えて、物事を整理して離婚を成立させてほしい。僕にはドラムを叩くべきだとは言えない”と言っていた。僕は“わかった、問題ない”と言った」
その言葉どおり、ポストはアレックスにドラムの仕事をエディに譲るよう説得しました。その結果、『Van Halen III』のドラムは「しょぼいけど、エドが望んだようなサウンド」になったとポストは言っています。
その後、バンドがアルバムのプロモーションのためにツアーに出ると、事態は最終的に好転しました。
「リハーサルを始めると、アルはアルらしく聴こえて、本当に最高だった。素晴らしいよ。彼はエドがアルバムで演奏したものよりも2倍はうまいんだ」