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「ミュージック・ビデオは滅びつつあるのか?」 英ガーディアン紙特集

2024/04/08 20:11掲載
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Queen / Bohemian Rhapsody
Queen / Bohemian Rhapsody
「ミュージック・ビデオは滅びつつあるのか?」 英国の新聞ガーディアン紙は、TikTokのような、消化しやすい一口サイズのコンテンツが溢れる今、英米ポップスには激変が起きており、ミュージック・ビデオは永遠に失われる危機に瀕しているとして特集しています。

近年、世界を席巻しているのはK-POPとラテン音楽で、この2つでは大規模な予算を使ったミュージック・ビデオは今も成功しています。例えば、BTS「Butter」は9.5億回、シャキーラとコロンビア人歌手カロルGの「TQG」は10億回、YouTubeで再生されています。

しかし、2024年の英米ポップスについてはミュージック・ビデオのYouTube視聴者数は激減しているという。そのため、ビヨンセとドレイクはビデオの公開を完全に停止しました。

例えば、デュア・リパが2023年11月に公開した「Houdini」は9300万回再生で、これは彼女のキャリアで27番目の再生回数です。アリアナ・グランデが2ヵ月前に公開した「Yes, And?」は5100万回、エド・シーランが2023年に公開した「Eyes Closed」は7700万回でした。テイラー・スウィフトでさえ、2022年の『Midnights』からのリード・シングルである「Anti-Hero」の再生回数は1億9200万回です。この「Anti-Hero」のSpotify再生回数は14億回に達しています。

Lil Nas Xは過去に5億回以上視聴された4つのビデオを持っていますが、しかし、物議を醸す最新シングル「J Christ」をTikTokで数週間にわたって予告していたにもかかわらず、ビデオの再生回数は1800万回のみでした。

制作会社Somesuchの元ミュージック・ビデオ責任者で、アーティスト・マネージャーのハンナ・T・Wは同紙にこう話しています。

「スクロールが当たり前の時代に、曲の最後まで1つのページにとどまってもらうのは本当に難しいです。それは現在、通常の視聴習慣ではありません。人々はずっと短いクリップに慣れていて、本当に素早く食い入るように見ています」

こうした“ずっと短いクリップ”はTikTokの影響で急増しています。そこでは、楽曲はユーザーが作成したクリップのバックミュージックとして使われたりしています。同紙は「シングルを作り、ラジオに流し、MTVで放送して、それがヒットするのを黙って見ているような幸福な時代は終わったのだ」と指摘しています。

視聴者数の減少はビデオ予算の減少を意味し、それは創造性を圧迫します。ディレクター兼フォトグラファーのオリヴィア・ローズによると、5年前なら3万ポンド(約580万円)もあれば、まともなビデオが撮れたそうですが、いまではディレクターはその資金を使って「3曲のビジュアライザー(YouTubeで使われるループ画像やクリップ)に加えて、TikTokのコンテンツといくつかの静止画、そしてビデオに使うことが期待されている」という。予算が限られていてもクリエイティビティは発揮することはできますが、ディレクターのスキルが限界に達してクオリティが低下する可能性があると指摘。「ミュージック・ビデオは、歴史的に見ても、そして現在でも、芸術の一形態です。しかし、私たちはそれを失いつつあります」と話しています。

ミュージック・ビデオの栄枯盛衰を目の当たりにしてきた、ソニーのクリエイティブ担当副社長マイク・オキーフは「この35年間、ミュージック・ビデオは私のキャリアであり、今でもアーティストの活動の重要な一部だと考えています」と話していますが、その数が減少していることは認めています。彼は、TikTokは楽曲の共有には優れているものの、楽曲の視覚的な世界を作り出すことに関しては、あまり魅力を感じていないと言っています。「TikTokではユーザーが生成したコンテンツ・ビジュアルで成功する可能性はありますが、その映像はアーティストを代表するものではありません」

多くのミュージック・ビデオ・ディレクターの代理を務めているHands社のサラ・ボードマンとジョセリン・ガブリエルは、今日のミュージック・ビデオに影響を与えている要因として、ビジュアルの「飽和状態」と、再生回数が「リリックビデオ、ビジュアライザー、メインのミュージックビデオ」にそれぞれ分かれているという事実を挙げています。

彼らはまた、おそらく業界全体にとって、より懸念される問題である、「真のカリスマ性を持った新しいアーティストを見たり、流行に流されない本当に良い曲を聴いたりすることの稀さ」も指摘しています。

では、解決策は何か? どうすればミュージック・ビデオを生き残らせることができるのでしょうか?

ディレクター兼フォトグラファーのオリヴィア・ローズは「ミュージック・ビデオをアート・フォームとして見直すことです。より少ない本数で、より質の高いものを作るべき」と言っています。

ソニーのクリエイティブ担当副社長マイク・オキーフは、おそらく、再生回数を完全に無視し、より熱心な視聴者に焦点を当てるという単純なことかもしれないと提案しています。「私たちは再生回数に執着していますが、実際の数字は誤解を招くものです。ミュージック・ビデオは、アーティストやファンにとっては重要ですが、カジュアルな視聴者にとってはそれほど重要ではないかもしれません」。

サラ・ボードマンとジョセリン・ガブリエルは「歴史に名を残すアーティストになるためには、常に(ミュージック・ビデオが)必要です。TikTokの映像は40年も人々の記憶に残ることはないでしょう。それは確かです。運が良ければ1日かもしれません!」と話しています。

(※写真はクイーン「Bohemian Rhapsody」のミュージックビデオ。明確にプロモーションを前提として制作された最初のミュージック・ビデオ作品と言われています)