ベーシストの
T.M.スティーヴンス(T.M.Stevens)が死去。彼に近い人々がSNSなどで訃報を伝えています。72歳でした。
パフォーマンス・アーティスト/ミュージシャンのキャリー・ビーハンは、スティーヴンスが先月末に肺に血栓ができて入院したとSNSに書き込んでいましたが、彼女もSNSで訃報を伝えています。彼女は以前、Trysetteという名でスティーヴンスと共演したことがあり、スティーヴンスが2017年に認知症と診断された後も彼を支え続けたミュージシャンの友人の一人です。
「1951年7月27日-2024年3月10日、トーマス・マイケル・スティーヴンス(T.M.スティーヴンス)-今夜午後10時に私たちの最愛のT.M.が亡くなりました。眠るように安らかに息を引き取りました。今すぐにご質問にお答えすることはできません。今後、このページや@TC Tolliverのページでお知らせしますので、そちらをご覧ください。
彼のファンとフォロワーには、できる限り最新情報をお伝えします。喪に服している間、プライバシーを尊重していただきありがとうございます。
キャリー・ビーハン」
T.M.スティーヴンスは、ジャズ、ファンク、ロック、ソウルの要素を組み合わせた独特の演奏スタイルで名声を博した名ベーシストだった。プリンス、ジェームス・ブラウン、ブーツィー・コリンズ、ティーヴ・ヴァイ、ビリー・ジョエル、ジョー・コッカー、シンディ・ローパー、リトル・スティーヴン、ティナ・ターナー、ナラダ・マイケル・ウォルデン、ビリー・ジョエル、スティーヴィー・サラスなど、音楽業界の大物たちとコラボレートした。
ニューヨークで生まれたスティーヴンスは、ジェームス・ブラウンを初めて聴いたときが、ベーシストとして、そしてファンク・ファンとして目覚めた瞬間だったと以前に語っていた。
彼のキャリアは1970年代に始まり、ミネアポリスでいくつかのファンク・バンドで演奏し、ナラダ・マイケル・ウォルデンや増尾好秋らとアルバムを録音した。1981年にロサンゼルスに移り、すぐにセッション・ミュージシャンとして愛されるようになり、数多くのアルバムやシングルに参加し、様々なアーティストのツアーに参加した。またセッション・ミュージシャンとしての活動に加え、スティーヴンスはソロ・アルバムも数枚リリースした。
スティーヴンスは情熱的なミュージシャンで、常に新しい音楽表現を模索していた。彼はその独特な演奏スタイルで多くのミュージシャンにインスピレーションを与え、ヘヴィ・メタル・ファンクという音楽スタイルを生み出した。
2017年、スティーヴンスは進行した認知症を患い、ケアハウスに入所していたことが発表されていた。