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伝説的なパワーポップ・シンガーソングライター、ドゥワイト・トゥイリー死去

2023/10/19 13:25掲載
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Dwight Twilley
Dwight Twilley
伝説的なパワーポップ・シンガーソングライター、ドゥワイト・トゥイリー(ドワイト・トゥイリー/Dwight Twilley)が死去。彼の訃報は、彼の地元であるオクラホマ州タルサのThe Church StudioがSNSで伝えており、トゥイリーのSNSアカウントもこれを共有しています。死因は明らかにされていません。72歳でした。

以下、The Church Studioの声明より

「ドゥワイト・トゥイリーの訃報に接し、謹んでお知らせいたします。今日、彼は愛するヤンと親しい友人たちに囲まれながら、静かにこの世を去りました。その喪失感は計り知れず、私たちの言葉では悲しみの深さを表現することができません。ドゥワイトの音楽的才能は数え切れないほどの人生に触れ、多くの人の心に消えない足跡を残しました。私たちは、彼が私たち全員に与えてくれた不朽の音楽遺産に深く感謝しています」

シンガー、ソングライター、ギタリストであるドゥワイト・トゥイリーは1951年6月オクラホマ州タルサ生まれ。

1967年、タルサの映画館にビートルズの映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』を観に行った際、後に音楽パートナーとなるフィル・シーモアと出会う。映画に触発されたふたりは、トゥイリーの家で作曲とレコーディングを始めた。その後、彼らはプロのレコーディングに挑戦することを決めた。

ナッシュビルに向かうつもりだったが、まずメンフィスのサン・スタジオに立ち寄った。同スタジオのオーナー、サム・フィリップスの息子ジェリー・フィリップスは、元サンのアーティスト、レイ・ハリスを彼らに紹介した。ハリスは彼らに「サン・サウンド」を紹介し、ビートルズに夢中だった彼らのサウンドにハードなエッジが加わり、独特のサウンドを作り上げる。やがてパワー・ポップとして知られるようになったジャンルに先駆けとなった。

1974年、2人はドゥワイト・トゥイリー・バンド(The Dwight Twilley Band)として、デニー・コーデルとレオン・ラッセルが共同経営するシェルター・レコードと契約。彼らの最初のシングル「I'm on Fire」は1975年にヒットとなり、最高16位を獲得した。しかし、続くシングルやアルバムは流通やレーベルの問題で失敗に終わり、成功を収めることはできなかった。セカンド・アルバムも未発表のまま残された。

シーモアとトゥイリーはシェルター・レコードのレーベルメイト、トム・ペティと友人となり、デビューアルバム『Tom Petty and the Heartbreakers』に参加した。トゥイリーはアルバム収録曲「Strangered in the Night」で歌っている。

トゥイリーはドゥワイト・トゥイリー・バンドの解散後、ソロ活動を続け、1984年にはアルバム『Jungle』で再び成功を収め、「Girls」がヒットを記録した。