Jason Becker - Photo by Paul Haggard
カコフォニー(Cacophony)や
デイヴィッド・リー・ロス・バンドでの活躍で知られる
ジェイソン・ベッカー(Jason Becker)。30年以上、ALS(筋萎縮性側索硬化症)によって体の自由を奪われながらも家族や仲間の支えで作曲家として現在も創作活動を続けているベッカーは、めったにインタビューに応じませんが、米Guitar Worldの取材に応じました。新しいアルバム『Strawberry Jams』について、2018年アルバム『Triumphant Hearts』が自身の健康に大きな負担をかけたにもかかわらず音楽を作り続ける理由、刺激を受けた現シーンのギタリスト、デイヴィッド・リー・ロスについて後悔していること、エディ・ヴァン・ヘイレンからもらったギターについてなどを語っています。
Q:新しいアルバム『Strawberry Jams』について
「『The Strawberry Jams』という新しいアルバムに取り組んでいるんだけど、それは全部、僕がまだ弾けた頃の古い未発表曲やアイデアからできているんだ。4トラックや8トラックのカセットテープにたくさんのギターの録音がある。『Strawberry Jams』は、『Raspberry Jams』、『Blackberry Jams』に続く第3弾だよ。エキサイティングだけど、(2018年のアルバム)『Triumphant Hearts』以来、新しい曲は書いていないんだ。『Triumphant Hearts』にはとても満足しているし、誇りに思っているんだけど、僕の健康に大きな負担をかけたんだ。だから、それ以来、僕は生き続けるために、そして良くなるために時間を費やしてきたんだ」
「『The Strawberry Jams』はもうすぐ完成する。ファンにとってはとても楽しいものになるだろうね。僕は自分が演奏ができなくなるまで、ひっきりなしに大量の曲を録音した。最初のシングルは、ギターを弾く人たちにとって、とても楽しく、大きなサプライズになるだろう」
Q:ある意味、自分の限界によって、ギターに関する作曲家としての教養が深まったと感じますか?もしそうなら、その知識をどのように活かしていますか?
「教養が深まったというより、変わったという感じだね。ギターで演奏したり作曲したりするのは、とても自由で簡単なことだと感じていたけど、ギターを弾いたのはほとんど10代の頃だった。大人になるにつれて、好みが変わってきて、より多様になった。今ではいろいろな楽器を想定して作曲している。自分の個性を演奏に込めることができないので、すべてのパートも面白く、情熱的にする必要がある。
場合によっては、自分がギターを弾いている古い録音を使い、それを中心に作曲することもある。“We Are One”は、まだ弾けた頃に録音した2つの未発表デモから始まった。そのデモを中心に他のすべてを書いた。“Once Upon a Melody”は、アルバム『Cacophony Go Off!』で弾いたメロディから始まった。また『Go Off!』の時に録音した4トラック・ギター・レコーディングも加えた。これは“Black Cat”という曲に入る予定だった即興的なものだった」
Q:作曲や創作をより独創的な方法で行うようになった今、『Triumphant Hearts』のようなアルバムを制作する上で、『Perpetual Burn』(1988年/初のスタジオ・アルバム)との大きな違いや課題は何でしたか?
「『Perpetual Burn』はとにかく楽しかった。僕は18歳で、エネルギーに満ち溢れていた。(カコフォニーのアルバム)『Speed Metal Symphony』がリリースされた後は、とても幸せだったけど、マーティ(フリードマン)にとてもインスパイアされ、ギターもかなり上達して自分のスタイルを発見していた。
夢中で曲を書き、すべてをマイク・ヴァーニーに送った。彼はマーティと僕にそれぞれソロ・アルバムを出すように勧めてくれた。作曲には数ヶ月かかった。それから(ドラマーの)アトマ・アナーとのリハーサル、レコーディング、ミックスに1ヶ月くらいかかった。
『Triumphant Hearts』はまったく違った。完成までに何年もかかった。作曲は楽しかったし、そのプロセスの多くは楽しかった。でも、その遅さは退屈だった。僕の偉大なプロデューサー(共同プロデューサーのダン・アルバレス)は、僕よりももっと遅いと言うだろうね(笑)。彼は僕のために素晴らしい仕事をしたかっただけなんだけど、時々直す必要のないものを直しすぎてしまうんだと思う。
ALSを患うのは大変なことだよ。かなり時間がかかった。また、自分のギター演奏に頼らずに作曲しなければ面白くならない。作詞もしたし、初めて本物のオーケストラと仕事をした。すべてを任されることで、体に負担がかかったんだ」
Q:『Triumphant Hearts』の完成とその後の成功は、あなたにとってどんな意味がありましたか?また、完成から数年経った今、どのような教訓を得ましたか?
「完成させることができて、とてもほっとした。しばらくは実現するとは思っていなかった。たくさんの障害があったから。お祝いしたかったけど、やるべきことがたくさんあって、体を壊しそうだった。PR担当者を何人も雇い、テレビ番組に興味を持ってもらおうと懸命に努力したけど、誰も興味を持ってくれなかった。大きなギター雑誌でさえ、あまり気にしていないようだった。
僕は困惑した。この素晴らしいアルバムを僕が目で作ったこと(※父が発明したコミュニケーション・システムを使って作曲している)を、誰も信じてくれなかったのだろうか? 僕は至る所でたくさんの感動的なストーリーを目にする。これは十分に感動的ではなかったのだろうか? 君は“その後の成功”と言った。完全に失敗だったと思ったし、無駄に体を壊してしまった。もちろん、僕はもうそんな風には思っていない。多くの人がこの作品を愛し、音楽に感動してくれた。それが世に出ていることをとても嬉しく思う。ただ、もう死ぬほど働こうとは思わない。たくさんのギターのデモがあるから、みんなに聴いてもらえたら楽しいと思う」
Q:あなたのような境遇の人なら、音楽を作る夢をあきらめてしまう人も多いと思いますが、あなたは成功しました。何があなたを最も駆り立て、続けさせたのでしょうか?
「一番の原動力は、まだインスピレーションが残っていることかな。出したい音楽がたくさんある。それを可能にしてくれる才能ある友人がたくさんいる」
Q:現在のトレンドに影響を受けていますか?あなたが最も興味を持ったり、影響を受けたりする現代音楽やオルタナティブ音楽はありますか?
「今のトレンドはわからない。新しいスタイルが僕に影響を与えることは分かっているけど、音楽は聴いていない。(ドラゴンフォースの)ハーマン・リや他の素晴らしいアーティストたちが、僕のギター3本をオークションに出すのを手伝ってくれて、何人かがギターを寄付してくれたとき、僕は(アニマルズ・アズ・リーダーズの)トシン・アバシと(ポリフィアの)ティム・ヘンソンを調べて、すごく刺激を受けた。ギターを手にして彼らの曲を弾いてみたくなったので、彼らのビデオを見るのを3回ほどで止めなければならなかった。とても耐えらなかった。彼らはとても素晴らしいよ」
Q:音楽的にできなかったことで後悔していることはありますか?
「音楽的な後悔はないかな。ALSになる前も、なった後も、たくさんのことをやった。もちろん、いくつかの演奏をしていただろうし、(デイヴィッド・リー)ロスのアルバム『A Little Ain't Enough』では、もっと手が強ければよかったと思うけど、ベストを尽くした。
デイヴィッド・リー・ロスは、アルバムのために“Eruption”のようなギター・ソロをやってくれないかと頼んできた。僕はセラーナのアルペジオを弾いたんだけど、僕の手が弱かったから、彼はあまり好きじゃなかったんだ。
ちょっと後悔していることがある。デイヴィッド・リー・ロスは僕にとてもよくしてくれた。音楽的にもそれ以外でも、いつもとても励ましてくれて、前向きで、応援してくれた。彼と一緒にいる間、彼は医者や保険のことで僕の身体的な問題を助けようとしてくれた。僕が辞めなければならなくなったとき、彼は悲しんでくれた。僕たちは仲間だった。彼は自伝『Crazy from the Heat』の中で、僕について素晴らしいことを書いてくれている。
彼がアルバムのために国際的なラジオ・インタビューに応じたとき、なぜアルバムのミュージシャン全員がツアーに参加しないのかと聞かれたとき、彼は“ステージよりもスタジオでタバコを吸っているほうがいい人もいる”と答えた。あれは傷ついたよ。彼は僕に電話をしてこなかった。何年か後、あるインタビューで、誰が音楽活動をやめるべきかと聞かれ、傷ついた気持ちの中だったので“デイヴィッド・リー・ロス”と答えてしまった。
ほとんどポジティブな経験だったにもかかわらず、それが無かったかのような発言をしたことに、ただ後悔している。デイヴ、もしこれを読んでいるなら、僕は君のことが大好きだし、感謝している。そして、一緒に過ごした時間を大切にしているよ」
Q:エディ・ヴァン・ヘイレンからもらったギターについて
「しばらく前、エディ・ヴァン・ヘイレンからもらったギターが壁にかけられ、埃をかぶっているのを見て“残念だなあ。このギターを欲しがっていて、それに値する注目を与えられる人のところにあるべきだ”と思った。僕はそれを弾くことができないし、今、僕にとっての一番のうれしいことは、彼の優しさの記憶なんだ」