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ポール・ロジャース「初めて米国に渡ったとき、米国人のブルースに対する無知さにショックを受けた」

2023/09/06 15:55掲載
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Paul Rodgers
Paul Rodgers
ポール・ロジャース(Paul Rodgers)は1970年頃に初めてアメリカに渡ったとき、「ついに本物のブルースが手に入るんだ」と胸を躍らせてレコード屋に行ったものの、店員はブルースを知らず、レコードもなかったそうで、アメリカ人のブルースに対する無知さにショックを受けたという。当時のことを米ラジオ局Q104.3 New Yorkの番組『Jim Kerr Rock and Roll Morning Show』で話しています。

他のブリティッシュ・ロック・バンドと同様、フリー(Free)もまた、アメリカのブルース・ミュージックに影響を受けて結成されました。しかし、フリーが初めてアメリカに上陸した1970年頃、ロジャースは店でブルースのレコードを見つけることさえできなかったと言っています。

「アメリカに渡ったとき、どこかのレコード屋に行ったんだ。“ああ、ここで本物のブルースが手に入るんだ”と思ったんだよ。でも、彼らはジョン・リー・フッカーとか(他のアーティスト)のことを聴いたことがなかった。“そうなんですか?すごいね”という感じだった」

彼は続けて、どれほど多くのイギリスのミュージシャンたちが、非常に多くのアメリカの黒人ブルース・アーティストたちといかに深く結びついているのかについて話しています。

「(ブルースは)音楽だけでなく、彼らのフィーリングの激しさも含めて、僕らにとっての学びだった。僕たちは彼らから演奏の仕方や歌い方などを学んだんだ」

フリー初の全米ヒット局「All Right Now」の成功を振り返って、ロジャースはブルースに話を戻しています。

「爆発的に売れた。あんなに売れたのは信じられないよ。だって、僕たちはイングランド各地から、当時、音楽シーンがあったロンドンに集まった子供たちの集まりに過ぎなかったからね。僕たちはライヴでブルースとソウル・ミュージックを演奏して、そこから“All Right Now”を発展させたんだ。とても作りがいがある形式だったからね。12小節のブルースは素晴らしい。12小節のブルースは100万曲もの曲が書かれ、それがまだ残っているだけでなく、さらにもう100万曲も書けるんだから凄いよ」