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ワム!のアンドリュー・リッジリー ワム!時代を振り返る 「正直に言うとフェアウェル・ツアーをしたかった」

2023/06/28 18:37掲載
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Wham! ©Tony McGee
Wham! ©Tony McGee
ワム!(Wham!)のデビュー40周年を記念した長編ドキュメンタリー『WHAM!』にあわせ、メンバーだったアンドリュー・リッジリー(Andrew Ridgeley)は英BBCでワム!時代を振り返っています。

ワム!は1986年6月28日にウェンブリー・スタジアムにて「The Final」と題した解散ライヴを行いましたが、アンドリューは「正直に言うと“The Final”ツアーをしたかった」と、解散ライヴは1日ではなく、フェアウェル・ツアーをしたかったと話しています。

「世界中のファンに別れを告げる最後のツアーは、可能な限り行うべきものだと思った。そうすることが、ファンに対する礼儀だと思ったんだ。僕たちにできる最低限のことだった。でも、たった1回しか公演を行なわないという(ジョージ・マイケルの)本質的なイデオロギーも理解していたよ。

(ワム!は)僕たちの人生の一章を象徴するものだった。友人としての僕たち、そして若い頃の僕たちの人生そのものだった。ワム!が設定したパラメーターの中で作曲を続けることは、ジョージのソングライターとしての成長を制限することになる。2人ともワム!を卒業したんだ」

ワム!の旅は1975年9月、12歳のアンドリューがイェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥ(ジョージ・マイケルの本名)という名の転校生の世話役を志願したことから始まりました。2人は音楽への愛と学校嫌いという共通点ですぐに打ち解けます。

「授業をサボってチップス屋に行き、チキンとマッシュルームのパイを買ってレコードを聴いた。クイーン、エルトン・ジョン、レッド・ツェッペリン。僕たちはジェネシスの大ファンだった。初めて観に行ったライヴは、1978年のアールズコートでのジェネシスだった。ジョージがそのことを話題にしたことはなかったと思う。彼のイメージに合わなかったからね。

14歳くらいからバンドを結成しようと話していたんだけど、ジョージはOレベル(※この最終試験に通ると義務教育を修了)が終わってからにしようと頑なに拒んだ。母親や父親からのプレッシャーも大きかった。

でも、試験が終わったときに“待って、Aレベル(※高校卒業資格・大学入学資格)を取らないといけないんだ”という感じだったので、僕はこの問題を強引に解決しなければならないと思い、彼を説得したんだ」

ワム!の最初のシングル「Wham Rap!」は英シングル・チャートでトップ100に入ることができませんでした。2枚目の「Young Guns (Go For It)」が87位でチャートインします。

「もし“Young Guns”がヒットしなかったら、3枚目のシングルを出すことはなかっただろうね。大きな転機のひとつは(子供向けテレビ番組)『Saturday Superstore』に出演したこと。これにより、トップ40圏外に入ることができた。それから、有名な話だけど、誰かが『Top Of The Pops』を降板して、その代役を頼まれたんだ。あのパフォーマンスは本当に重要だった。当時は誰もが『Top of the Pops』を見ていたから、新しいアーティストは翌日の話題になるんだ」

そして2人はすぐに注目されます。当時、アンドリューは父親からこう言われたという。

「レコード契約のオファーを受けたことを父に話すと、“それはとてもいいことだが、アンドリュー、いつになったらちゃんとした仕事に就くんだ?”と言われた。でも、僕らの成功はあっという間だったから、そんな疑念はすぐに払拭されたんだ」

アンドリューはデビュー・アルバム『Fantastic』と2ndアルバム『Make It Big』の違いについても話しています。

「『Fantastic』のために書かれた曲は、ポップでいい曲だった。“Bad Boys”は本当によくできた曲だけど、ジョージはこの曲を嫌っていた。なぜ彼がそれを嫌ったのか、僕は知っている。 セオリーに従って書いたものだったからね。

でも、彼は8ヶ月の間に『Wake Me Up』を書き上げ、曲作り、アレンジ、プロダクション、すべてにおいて飛躍的な進歩を遂げた。何もかも、全てをやった。同じグループの作品だけど、まるで違うものだった。

『Wake Me Up』は彼のソングライティングを解放したと思う。彼は本質的に何でもできることを発見したんだ」

アンドリューはワム!の曲で一番好きなのは「I'm Your Man」だと話しています。

「ワム!の曲で一番好きなのは“I'm Your Man”。原初的なエネルギーがある。この曲は、ワム!で初めてセックスをテーマにした曲だった。当時の僕たちの生活を支配していたテーマだった。そして音楽的にも、おそらくセックスがそうであったのと同じエネルギーと興奮を表現している。“I'm Your Man”は、まさに青春そのものだ。ジョージが自分の能力を確信したとき、それは本当の変革だった。彼は、僕たちが子供の頃には欠けていた内なる自信を手に入れたんだ」

そしてアンドリューはワム!の終わりの始まりを語っています

「85年に中国とアメリカをツアーし、アルバムが全米1位を獲得したとき、僕たちは目指していたことをすべて達成した。僕自身は、僕たちの成功の結果にはもう十分満足していた。その中には、僕にとっては望まない、望ましくないものもあったので、僕の知る限りでは、休養に何の不安はなかった」

アンドリューは1990年にソロ・アルバム『The Son Of Albert』をリリースした後、表舞台から姿を消しました。彼は現在、自殺防止チャリティ団体Papyrusの資金集めのために、スコットランドのジョン・オ・グローツからイングランド本土最西端の岬ランズ・エンドまでサイクリングする準備をしています。

「“まだ曲を書いているんですか?”と聞かれるけど、それもできると思うけど、(ラジオで)流してもらうのはとても大変なんだよ」