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ニューエイジ・ピアニストの第一人者 ジョージ・ウィンストン死去

2023/06/07 08:57掲載(Last Update:2023/06/07 09:22)
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George Winston photo: Todd V Wolfson
George Winston photo: Todd V Wolfson
ニューエイジ・ピアニストの第一人者、ジョージ・ウィンストン(George Winston)が死去。彼の公式サイトで「10年にわたる癌との闘いの末、2023年6月4日(日)に眠っている間に、静かに、痛みなくこの世を去りました」と発表されています。73歳でした。

以下、ジョージ・ウィンストンの公式サイトの声明より

「ジョージ・ウィンストンが10年にわたるがんとの闘病の末、この世を去ったというニュースをお伝えし、深い悲しみに包まれています。ジョージは、2023年6月4日(日)に眠っている間に静かに苦痛もなくこの世を去りました。

ジョージは、2013年にカリフォルニア州デュアーテのシティ・オブ・ホープで骨髄異形成症候群(MDS)の骨髄移植に成功し、10年の延命に成功するなど、重いがんを勇気を持って対処してきました。がんの治療を受けながらも、ジョージは新しい音楽の作曲と録音を続け、彼の最大の情熱であるライヴの観客のために演奏する一方で、全米の飢餓危機と戦うためにフィーディング・アメリカのために資金を集め、コンサートの収益を地元のフードバンクに寄付しました。

50年以上にわたる輝かしいキャリアの中で、ジョージの音楽がファンに知られ、愛されるようになったのは、彼の代表的な2枚のアルバム『Autumn』(1980年)と『December』(1982年)のリリースがきっかけでした。ジョージのレコーディングは時代とともに進化し、グラミー賞のフォレスト部門を受賞(グラミー賞には5回ノミネート)、1500万枚以上のアルバムを売り上げました。ジョージは、アコースティック・ピアノのソロ曲で高い評価を得ており、世代を超えて人々の心を動かしています。

モンタナ、ミシシッピ、フロリダで過ごした幼少期から、サンフランシスコのベイエリアに住み、世界中の都市を回るようになった晩年まで、アメリカの美しい風景と自然の季節が、彼の特異なインストゥルメンタルフォークピアノを形成しました。ヴィンス・グアラルディ、ドアーズ、ハリケーン・カトリーナの救済、メキシコ湾岸とルイジアナ湿地帯の救済、9月11日の救済、シティ・オブ・ホープの癌研究救済、ピーナッツのエピソード『This Is America Charlie Brown:The Birth Of The Constitution』などを含む16枚のピアノソロ・アルバムで、ジョージは輝かしいピアノ音楽を記録しました。

ジョージのレガシーには、彼の愛すべきカタログ、彼自身のアコースティックギターとハーモニカのレコーディングのアーカイブ、そして彼自身のレコードレーベルであるDancing Cat Recordsのハワイのスラックキーアーティストによるアルバムが含まれています」

ジョージ・ウィンストンは1949年ミシガン州生まれ。幼少期のほとんどを大自然に恵まれたモンタナ州で過ごす。高校卒業の頃から音楽に目覚め、ドアーズ、サム・クック、レイ・チャールズなどに傾倒。さらに1960年代後半からジャズに傾倒し、オルガンや電子ピアノなどの演奏をはじめるようになるが、1971年にアコースティック・ピアノに転向。

1972年に初のピアノ・ソロ・アルバム『Ballads and Blues 1972』を発表。その後長らく音楽活動から離れたものの、1980年にレコーディング活動を再開。当時の新興レーベルであるウィンダム・ヒルと契約し、同年にリリースされた第1弾アルバム『Autumn』が世界的な大ヒットを記録し、一躍世界的な人気を獲得。

モンタナ州の春夏秋冬を表現した4部作である『Autumn』、『Winter into Spring』(1982年)、『December』(1982年)、『Summer』(1992年)をウィンダム・ヒルよりリリースして高い評価を受けた。1994年の『Forest』でグラミー賞ベスト・ニューエイジ・アルバムを受賞、他に5回ノミネートされた。

日本では、『Autumn』に収録されている「あこがれ/愛 (Longing/Love)」が最もよく知られており、トヨタ・クレスタなど多くのCMやテレビ番組で使用された。