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音楽で記憶がよみがえる理由 青春時代に聴いた音楽のタイムマシン効果やアルツハイマー病患者が昔の楽曲を全て歌える理由

2023/03/14 16:51掲載
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青春時代に聴いた音楽には、その当時のことを思い出す「タイムマシン」のような効果がありますが、その効果は同時代の人物の顔や他の刺激よりも高いことが研究で明らかにされています。米ワシントン・ポスト紙は、音楽で記憶がよみがえる理由について特集しています。

また同紙では、アルツハイマー病の人が、子供の頃のことは思い出せても、昼食に何を食べたか、昨日誰に会ったかは思い出せない理由についても紹介しています。同紙は一例として、2019年に亡くなった海洋生物学者のキャロル・ハワードを紹介しています。彼女はアルツハイマー病が悪化すると夫が分からなくなることがしばしばありましたが、1960年代のサイモン&ガーファンクルの楽曲の歌詞を苦もなくすべて歌うことができたそうです。

音楽が鮮明な記憶を呼び起こすこの能力は、脳の研究者にはよく知られた現象です。音楽は、何年も前の強烈な記憶を、多くの人にとって、味覚や嗅覚といった他の感覚よりも強く呼び起こし、その以前の体験から強い感情を呼び起こすことができるそうです。

私たちが音楽を演奏したり、歌ったりするとき、ただ聴くのではなく、潜在記憶の一種である「手続き記憶」を使います。これは、自転車に乗ること、タイピング、歯を磨くことなど、意識しなくても毎日できる習慣やルーチンを記憶する無意識の能力、いわゆる「体が覚えている」状態であると研究者は述べています。

これは「エピソード記憶」とは異なり、「エピソード記憶」は脳の海馬という部位にあり、認知症になると「真っ先に破壊される」と、ボストン大学の神経学教授でトランスレーショナル認知神経科学センター長のアンドリュー・バドソンは言っています。

バドソン教授は、健康な脳の持ち主であれば、「エピソード記憶によって、音楽を聴くと過去の特定の出来事や時代にタイムスリップすることができます。一方、歌ったり音楽を作ったりする能力は手続き記憶であり、自分が何をしているのかを意図的に考える必要はありません」と説明。全く異なる記憶システムなため、「手続き記憶」によって認知症患者が歌詞を覚えていたり演奏したりできる理由を説明しています。最近の有名な例としては、トニー・ベネットが、アルツハイマー病に苦しみながらも、彼の昔のヒット曲を完璧に歌い上げていました。

しかし、バドソン教授によると、アルツハイマー病患者も「エピソード記憶」が2年以上経過していれば、病気が海馬を攻撃した後でも音楽の「タイムトラベル」現象を体験することができるそうです。

「海馬が破壊された後でも、そのエピソード記憶にはアクセスできるのです」

「記憶の統合プロセスは、記憶が形成されてから初めて眠る夜からすぐに始まり、最長で2年かかることもあります。記憶が形成されても、それは海馬に直接記憶されるわけではありません。視覚、聴覚、嗅覚、感情、思考など、記憶のさまざまな側面は、視覚、聴覚、嗅覚、感情、思考が行われている脳の外側表面である皮質のさまざまな部分の神経活動のパターンによって表されるのです」

この概念を理解するには、「記憶を、脳のさまざまな領域に浮かぶ小さな風船のようなものだと考えてみてください」と彼は言います。

「新しい記憶が形成されるとき、まるでヘリウム風船の紐を手に持っているように、海馬が風船の紐を結んでいるかのようになります。海馬が破壊されれば、風船は分離して飛び去り、記憶も消えてしまうでしょう。しかし、記憶が定着した後は、それぞれの風船は重い紐で直接つながっているため、このため海馬は記憶を維持するために必要なくなります。アルツハイマー病の人が、子供の頃のことは思い出せても、昼食に何を食べたか、昨日誰に会ったかは思い出せないのは、このためです」

青春時代の音楽にはタイムマシンのような効果があります。

トロント・メトロポリタン大学のフランク・ルッソ教授(心理学)は「私たちは曲を一度だけ聴くわけではありません。その記憶をエンコードする機会は何度もあります。深くエンコードされた音楽は“フラッシュバルブ”と呼ばれる記憶を呼び覚ますことができます。私たちは音楽に触れることで、過去の出来事について、より鮮明に詳細を思い出すことができるのです」と話しています。

その効果は、見慣れた顔や他の刺激よりも高いことが研究により明らかになっています。

ミズーリ科学技術大学の心理科学助教授で、同大学の音楽認知・美学研究室の主任研究員であるエイミー・ベルフィは、このことに特化した研究を行いました。

30人の参加者が15歳から30歳の若い頃に流行っていた音楽の15秒間の抜粋を聴きました。その音楽を聞いた後、参加者は、同時代の政治家、スポーツ選手、映画スターなどの有名人の顔写真を見ました(ミュージシャンを除く)。その後、参加者は見たり聞いたりした刺激によって触発された個人的な記憶について話すように求めらました。その結果、「音楽は、顔よりもはるかに詳細な記憶を呼び起こしました。この研究から、音楽は人生における個人的な記憶と関連する傾向があることをわかりました」とベルフィ教授は報告しています。