HOME > ニュース >

ボブ・ディラン著書の日本語版『ソングの哲学』が4月発売 ディランが66の曲を選びポピュラー音楽の奥義を明かす

2023/03/09 16:01掲載
メールで知らせる   このエントリーをはてなブックマークに追加  
ボブ・ディラン / ソングの哲学
ボブ・ディラン / ソングの哲学
ボブ・ディラン(Bob Dylan)の著書『The Philosophy of Modern Song』の日本語版『ソングの哲学』が岩波書店から4月13日発売。『自伝』以来18年ぶりの、ノーベル賞受賞後初の著書。ディランが66の曲を選びポピュラー音楽の奥義を明かします。
■『ソングの哲学』
ボブ・ディラン 著 , 佐藤良明 訳
2023年4月13日発売
A5上製 352ページ オールカラー
定価:4,180円
ISBN:978-4-00-023746-8

<内容>

ディランという人間は、有名な割に知られていないと思う。アメリカという国もだ。これは両者の内奥へ、読者を導く本である。
──佐藤良明

ディランが66の曲を選びポピュラー音楽の奥義を明かす。詞の世界にきみを導く抒情的散文、社会や制度に切り込む精緻な楽曲分析、150点余の豊富な図版──突っ走る詩人/世界的な文学者による音楽批評の到達点。神秘的にして闊達自在、辛辣にして深遠。アメリカの内奥に分け入り、うたのなかに存在の意味、時の超越を透かし見る。

・・・・・・・・

2010年から取り組んできた本書は、ポピュラー音楽に対するディランの飛び抜けた洞察力の賜物である。スティーヴン・フォスターからエルヴィス・コステロ、ハンク・ウィリアムズからニーナ・シモンに至る多種多彩な66曲を取り上げ、安易な押韻の罠について、余計な一音節がもたらす破滅について説き、ブルーグラスとヘビーメタルの類縁性まで明かしてくれる。文章は独特なディラン流。神秘的にして闊達自在、辛辣にして深遠、時に腹の皮がよじれるほど愉快だ。表面上は音楽の話であるのに、人間存在に関する深い考察を含んでいる。150点余の精選された図版が、本文から抜粋された夢のようなリフのシリーズと相まって、叙事詩にも似た超越性を醸し出す。

 2020年に傑作『ラフ&ロウディ・ウェイズ』を発表したディランは1960年代以降、すべての年代ディケ-ドでヒットを飛ばす存在だが、ディランが長年のあいだ培った技術の粋が詰め込まれた本書は、その音楽活動にも比肩する、とてつもない芸術的達成だ。

■目次
デトロイト・シティ──ボビー・ベア
パンプ・イット・アップ──エルヴィス・コステロ
ウィズアウト・ア・ソング──ペリー・コモ
この悪の園から連れ出してくれテイク・ミー・フロム・ディス・ガーデン・オブ・イーヴル──ジミー・ウェイジズ
そこにグラスがあるゼア・スタンズ・ザ・グラス──ウェブ・ピアス
放浪ジプシーのウィリーと俺ウィリー・ザ・ワンダリング・ジプシー・アンド・ミー──ビリー・ジョー・シェイヴァー
トゥッティ・フルッティ──リトル・リチャード
マネー・ハニー──エルヴィス・プレスリー
マイ・ジェネレーション──ザ・フー
ジェシー・ジェイムズ──ハリー・マクリントック
プア・リトル・フール──リッキー・ネルソン
パンチョとレフティ──ウィリー・ネルソン&マール・ハガード
ザ・プリテンダー──ジャクソン・ブラウン
マック・ザ・ナイフ──ボビー・ダーリン
ウィッフェンプーフ・ソング──ビング・クロスビー
ユー・ドント・ノウ・ミー──エディー・アーノルド
膨れ上がる混乱ボール・オブ・コンフュージョン──テンプテーションズ
ポイズン・ラヴ──ジョニーとジャック
ビヨンド・ザ・シー──ボビー・ダーリン
オン・ザ・ロード・アゲン──ウィリー・ネルソン
二人の絆──ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ
泣いた白いちぎれ雲ザ・リトル・ホワイト・クラウド・ザット・クライド── ジョニー・レイ
エル・パソ──マーティ・ロビンズ
ネリー・ワズ・ア・レディー──アルヴィン・ヤングブラッド・ハート
別れないのが安上がりチーパー・トゥ・キープ・ハー──ジョニー・テイラー
アイ・ガット・ア・ウーマン──レイ・チャールズ
CIAマン──ザ・ファッグス
君住む街角──ヴィック・ダモーン
トラッキン──グレイトフル・デッド
ルビー、怒ったのかアー・ユー・マッド?──オズボーン・ブラザーズ
オールド・バイオリン──ジョニー・ペイチェック
ヴォラーレ──ドメニコ・モドゥーニョ
ロンドン・コーリング ──ザ・クラッシュ
ユア・チーティン・ハート──ハンク・ウィリアムズwithドリフティング・カウボーイズ
ブルー・バイユー──ロイ・オービソン
ミッドナイト・ライダー──オールマン・ブラザーズ・バンド
ブルー・スエード・シューズ──カール・パーキンス
マイ・プレイヤー──ザ・プラターズ
ダーティ・ライフ・アンド・タイムズ──ウォーレン・ジヴォン
もう痛まないダズント・ハート・エニーモア──ジョン・トルーデル
キー・トゥ・ザ・ハイウェイ──リトル・ウォルター
みんな慈悲を叫び求めるエヴリバディ・クライン・マーシー──モーズ・アリソン
黒い戦争──エドウィン・スター
ビッグ・リバー──ジョニー・キャッシュ&ザ・テネシー・トゥー
フィール・ソー・グッド──ソニー・バージェス
ブルー・ムーン──ディーン・マーティン
悲しきジプシー──シェール
俺のフライパンはいつも料理と油だらけキープ・マイ・スキレット・グッダングリージー──アンクル・デイヴ・メイコン
恋のゲーム──トミー・エドワーズ
ある女ア・サートゥン・ガール──アーニー・ケイドー
俺はいつもイカレていたアイヴ・オールウェイズ・ビン・クレイジー──ウェイロン・ジェニングス
魔女のささやき──イーグルス
ビッグ・ボス・マン──ジミー・リード
のっぽのサリー──リトル・リチャード
老いて迷惑なばかりオールド・アンド・オンリー・イン・ザ・ウェイ──チャーリー・プール
ブラック・マジック・ウーマン──サンタナ
フェニックスに着くころにバイ・ザ・タイム・アイ・ゲット・トゥ・フェニックス──ジミー・ウェッブ
家へおいでよカモンナ・マイ・ハウス──ローズマリー・クルーニー
銃は街に持っていかずにドント・テイク・ユア・ガンズ・トゥ・タウン──ジョニー・キャッシュ
降っても晴れても──ジュディ・ガーランド
悲しき願い──ニーナ・シモン
夜のストレンジャー──フランク・シナトラ
ラスヴェガス万才──エルヴィス・プレスリー
サタデイ・ナイト・アット・ザ・ムーヴィーズ──ザ・ドリフターズ
腰まで泥まみれ──ピート・シーガー
どこなのか、いつなのかホェア・オア・ホェン──ディオン

■訳者・佐藤良明氏による解説
ソングの大家が語るソング論。
 ノーベル文学賞作家が、80歳を超えて初めて、ガチな持論を展開する。原題は「モダンソングの哲学」。英語では「モダン」がないと古代中世の詩歌も含んでしまう。しかし日本語では「モダン」が付くと、特定のタイプのうたが思い浮かぶので、割愛させていただいた。

 登場する最古参はスティーヴン・フォスターで、最若手が多分エルヴィス・コステロ。66の他人の楽曲を乗っ取って、それをディランが操縦する。詩人特有の誇張法によって、強引に膨らまし、うたの「はらわた」まで見せてしまう。フェアなやり方とは言えないが、手口は高級で、ディラン自身の声はしっかり伝わってくる。それがA面。B面(各章の後半)はカメラを引いて、背景の人生や文化が語られる。闊達自在、時に「政治的な正しさ」などお構いなしに突っ走る。さすがにこれはまずくないか、と思う発言もあるが、本書内でディランが述べるとおり、マネーが同意を求めるところに疑義を挟むのがアーティストの仕事であるなら、これでいいのだろう。

 健やかな毒気をもって、いまの時代を覆うきれい事(ポップソングを含む)の数々を斬る。依拠するところは、うたにこもる民衆のコモンセンスと、かつて偉大だったと著者が信じるアメリカ文化(特に映画)のありようだ。が、その語りは一筋縄ではいかない。

 たとえばカントリーの懐メロを取り上げて、その上にヴェトナムの悪夢を塗り重ねる。モータウンの〈黒い戦争〉に乗じて、自らの若き日の〈戦争の親玉〉の発展版ともいうべき、成熟した戦争論を語る。ピート・シーガーに敬礼しつつ、それに勝る共感と弔意を、先住民活動家ジョン・トルーデルに捧げる。

 レノン=マッカートニーは相手にせず、ブライアン・ウィルソンなどは名前も出ないソング論だが、グレイトフル・デッドに関する綿密な分析を読めば、排除の理由は明らかだろう。ディランの軸足はつねに、カントリーとブルースと、そのルーツにあった。ルーツから華を──プレスリーやジョニー・キャッシュやロイ・オービソンを──引き出したサム・フィリップスらの仕掛け人に、本書は最大の信頼を寄せている。そしてもちろん、ハンク・ウィリアムズ、ウィリー・ネルソン、ジミー・リード、ライ・クーダーら本物の業師たちに。人種もジャンルも、見てくれにすぎない。ソングの本質は、ハートと同じく、単純で簡素なところにあることを繰り返し知らしめる。

 一方で、少年時代のボブにラジオから歌いかけていたシナトラやディーン・マーティン、そして同世代に近いボビー・ダーリンやリッキー・ネルソンらにまつわる、時に苦み走ったエピソードも、本書に独特の読み応えを添えている。

 嘆きもあれば教訓もある、冗談も放談もある。いろいろあって、それらを十分に楽しむには、相当の知識が求められるが、版元にお願いして、補注をWebサイトに載せていただく(近日掲載予定)。ディランという人間は、有名な割に知られていないと思う。アメリカという国もだ。これは両者の内奥へ、読者を導く本である。

<佐藤良明(フリーランス研究者)>
主訳書:ボブ・ディラン『The Lyrics』(全2巻)、トマス・ピンチョン『重力の虹』(全2巻)、グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学へ』(全3巻、近日刊行)。