King Crimson / In the Court of the Crimson King, King Crimson at 50
キング・クリムゾン(King Crimson)の新しいオフィシャル・ドキュメンタリー映画『In the Court of the Crimson King, King Crimson at 50』。英Prog誌では映画からキング・クリムゾンについて学んだ10のことを紹介しています。以下、4つのエピソードを紹介します。
■キング・クリムゾンは多くの「助産婦」なしには存在しない
「1969年に脱退したドラマー、マイケル・ジャイルズは、クリムゾンのメカニズムについて、こう語っている。“ロバート(フリップ)はいつも他の声を取り入れるのがうまいんだ。彼は自分ひとりではできないことを知っている...だから、キング・クリムゾンが彼の赤ん坊なら、彼がたくさんの助産婦を欲しがるのは理解できる”」
■フリップは毎日冷たいシャワーを浴びている
「1981年に結成された当初はDisciplineと呼ばれていたが、トニー・レヴィンはこの名前を嫌っており、“Discipline(※鍛練、修行、しつけ、規律ほか)”という言葉はアメリカでは罰を意味すると主張していた。幸いなことに、数ヶ月後に名前を変え、Disciplineはクリムゾンが80年代にリリースした3枚のアルバムのうちの最初のタイトルとなった。フリップの辞書の中で、Disciplineは常に重要な位置を占めている。(監督のトビー)アミーズとの会話の中で、フリップは毎日行う冷たいシャワーの習慣について言及している。“体は冷たいシャワーを浴びたくないから、体に‘言われた通りにしなさい’と言っている。一言で言えば、Disciplineです”」
■トレイ・ガンがクリムゾンを感染症に例える
「1994年から2003年までタッチギターを弾いていたトレイ・ガンは、クリムゾンの人生について最高の名言を残しています。“キング・クリムゾンにいるのは、軽い感染症にかかったようなもので、病気でもないのに気分が良くない”」
■クリムゾンはエイドリアン・ブリューの髪を抜いた
「1981年から2008年までバンドに在籍し、2014年には再加入の誘いを受けなかったエイドリアン・ブリューは、クリムゾンでの生活が必ずしも楽ではなかったと認めている。“ロバートは神だと思われているから、ロバートと一緒に仕事をすることには葛藤がある”と言い、ジャーナリストやファンから、あるトピックや問題についてフリップがどう考えているかを頻繁に尋ねられると不満を述べている。フリップに詮索されることも、笑い事ではなかったと彼は言う。“あの音楽を作って戻ってきたら、髪の毛が抜け落ちていたよ......とてもストレスだったんだ”。それでもブリューは、90%の時間は美しくて唯一無二なものだったと結論付けている。“ロバートは、他のやり方ではできないような音楽が生まれる状況を作り出す方法を持っていて、僕にとっても、それはすべての価値があった”」