アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)に関するFBIファイルが公開され、FBIが彼女の公民権活動を追跡していたことが明らかになっています。
FBIはフランクリンに関するファイルの機密指定を解除しました。10以上の州からの報告書を含む270ページのファイルには、FBIがフランクリンの公民権活動やマーティン・ルーサー・キング・ジュニアやアンジェラ・デイヴィスとの交友関係を広く追跡していたことが書かれています。
またこのファイルには、フランクリンを殺害するという数回の脅迫や、2005年にヤフー・グループの掲示板から発生した大規模な著作権侵害事件の概要も含まれています。これは、自称アンチ・ファンが彼女のパフォーマンスの海賊版CDやDVDを販売したもので、裁判にはなりませんでした。
Pitchforkの報道によると、このファイルは、ジャーナリストのジェン・ダイズが情報公開法に基づいて請求したものです。
キング牧師が会長を務めていた南部キリスト教指導者会議(SCLC)でのフランクリンの公演を詳細に記録したものが含まれています。FBIは、1967年と1968年にメンフィスとアトランタで開催されたこれらの公演を、「共産主義者の浸透」イベントとしました。またFBIは、フランクリンが1968年のキング牧師暗殺後の「大規模な追悼コンサート」に関与している疑いがあることを指摘し、ある関係者が「この地域の人種的騒乱に火をつけるような感情の火種を提供するだろう」と主張していることも指摘しています。SCLCは最終的に追悼コンサートを中止し、代わりにアトランタのモアハウス大学への行列を開催しました。
FBIは、1972年にロサンゼルスで行われたデイヴィスのための資金集めパーティーでのフランクリンのパフォーマンスも追跡調査していました。ファイルには、デイヴィスが「カリフォルニアで殺人と誘拐の罪に問われている」こと、コンサートの主催者である「アンジェラ・デイヴィスを解放する全国合同委員会」が「アメリカ合衆国の共産党によって設立された組織」であることが書かれていました。
1976年の文書には、ドミニカ解放調整評議会 (CCLD) とフランクリンのつながりが記載されています。情報筋はそれを「ドミニカ島の平穏を乱そうとする黒人過激派グループ」と見なし、「ニューヨーク市周辺に活動拠点を設立した可能性がある」と述べています。
この情報源はフランクリンを「国際的に注目されている黒人過激派」であるルーズベルト・バーナード・ダグラスの友人としています。彼は後にドミニカ国の首相になった人物でした。FBIは、フランクリンとCCLDの関連について、それ以上の証拠を見つけられなかったようです。
フランクリンに対する3件の脅迫の記録には、シカゴのクック郡の刑務所の囚人がFBI捜査官の振りをして、彼女に100万ドルを強要し、支払わなければ重大な結果を招くと脅していたことも含まれています。また、1979年には、ある人物が自宅や手紙、電話などで嫌がらせをしたことも記録されています。