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元キッス エリック・カーの妹が兄の人生やキャリアについて語る

2021/11/23 18:01掲載
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Eric Carr
Eric Carr
キッス(KISS)のドラマーとして活躍した故エリック・カー(Eric Carr)の妹であるロレッタは、Vinyl Writer Musicの最近のインタビューの中で、兄の人生やキャリアについて語っています。

エリックは心臓癌と診断され、1991年11月24日に41歳の若さで亡くなっています。

キッスでの最後の瞬間は「God Gave Rock 'N' Roll To You II」のミュージックビデオでした。エリックは病気のためにこの曲のスタジオワークができず、レコーディングはエリック・シンガーが完成させましたが、ビデオへの出演を懇願したと言われています。今回のインタビューでは、そのことについても語っています。

Q:彼がドラムを始めたきっかけは?

「兄はビートルズが大好きでした。彼はビートルズのように、リンゴ・スターのようになりたいと思っていました。家族全員がミュージシャンだったので、彼はひたすら音楽に没頭していた。彼は他の誰よりも音楽を愛していて、一生懸命取り組んでいました」

Q:彼の初期のバンド、Salt & Pepper(後にBionic Boogieとなる)は、スティーヴィー・ワンダーやニーナ・シモンなどの前座を務めたと聞いています。もう少し詳しくお聞かせください。

「兄の最初のバンドは、1967年のThe Cellarmenでした。その後、Things That Go Bump in the Nightというガレージバンドに2〜3ヶ月入って、1969年には、友人と一緒にSalt & Pepperというバンドに入りました。1972年にアカデミー・オブ・ミュージックで、ニーナ・シモンとパティ・ラベルの前座として演奏し、その時の録音も残っています。その後、彼はCreationというバンドに入りました」

Q:エリックのことでいつも耳にするのは、彼が人としてどんな人だったかということです。彼の悪口を言っている人を見たことも聞いたこともありません。特に印象に残っているのは、Salt & Pepperがガリバーズ・ナイトクラブでライヴをしていたときに火事になったという話です。エリックは自分の命を危険にさらして、少なくとも1人をその火事から救ったという話を聞いたことがあります。これは本当でしょうか?

「本当です。彼が助けた女の子は、Creationのリードシンガー、サリタ・スクワイヤーズです。兄はドラムにタオルをかけていました。それはアメリカ国旗のタオルでした。彼はそれを彼女の頭に被せて、キッチンから彼女を引っ張っていったそうです。この影響で、バンドが会場で演奏するとき、兄はまず最初に非常口を確認するようになったそうです。ちなみに、そのタオルは今でも持っています。あのとき着ていたシャツと一緒に取ってあるんです」

Q:さて、エリックのキッスでの大ブレイクについて話をしたいと思います。伝説によると、エリックは当時ストーブの修理をしていて、音楽の仕事をあきらめようとしていたそうですね。

「彼は、何をやってもうまくいかず、とてもフラストレーションを感じていました。いろいろなバンドを転々としていました。順調だと思っていたら、途端に悪い方向に行ってしまう。彼は絶対に音楽をやめようとはしなかった。昼間は父と一緒にストーブを修理し、夜はリハーサルと演奏をしていました。何があっても音楽を諦めない人でした。イライラしていましたか?そうですね、怒ることもありましたが、常に動き回っていました」

Q:キッスのオーディションについて教えてください

「彼はクラブで誰かにキッスがドラマーを探しているかもしれないと言われただけでした。多くの人が新聞でそれを見て、彼も他の人と同じように履歴書を送りました。ネオンオレンジの封筒に入れて送ったところ、それが注目を集めて、履歴書の審査を担当していた女性(ジェイン・グロッド・ブロンスタイン)は、その明るい色の履歴書を見て手に取ったそうです。それが一連の流れです。彼はとても興奮していました。ストーブを修理していた日の次の日には世界最大のバンドのステージに立っているわけですからね。彼の喜びを表現する言葉はありません」

Q:エリックの名前はポール・チャールズ・キャラヴェロ(Paul Charles Caravello)です。ずっと気になっていたのですが、エリック・カーという名前はどのようにして生まれたのでしょうか?また、キツネのメイクをすることについて、エリックはどのように考えていたのでしょうか?

「バンドの素性を知られてはいけないから、名前を変えてもかまわないと思っていました。タイラーとかマーティンとか、みんなが彼に名前をつけていたんですが、当時のガールフレンドがエリックという名前を考えてくれて、カーはキャラヴェロの略なんです。彼はそれでいいと思ったんです」

Q:エリックがキッスに加入した当時、バンドは商業的に少し落ち込んでいて、創設メンバーのピーター・クリスを失ったばかりでした。エリックは、自分がバンドのサウンドにどうフィットするか、ピーターのファンにどう受け入れられるか、緊張していたかどうかを覚えていますか?

「兄は、自分が本当に優秀だと思えるだけの自信を持っていました。兄は彼らのオーディションを受け、彼が演奏した瞬間に彼らは安心しました。彼は誰かの代わりになることを望んでいませんでした。彼は、自分自身のペルソナになりたかったのです。パラディウム・コンサートの最後には、“ピーター”ではなく “エリック”という声が上がっていました。私はその場にいて、それを聞きました。ピーターへの声援が大きくなっても、それをエリックの声援がかき消すようにして、エリック一色になったのです。ピーターに敬意を表します。誰もピーターの代わりにはなれません。バンドが継続するためには、次のレベルに進む必要があったのです」

Q:私は、エリック・カーを迎え入れたことが、キッス復活の本当の意味での始まりだと思っています。『Creatures of the Night』での彼の仕事ぶりは素晴らしく、この時代のベスト・アルバムの一つとだと思っています。振り返ってみて、エリックはキッスを前進させるためにどれほど重要な存在だったと考えていますか?

「彼がいたからこそ、彼らは生き続けられたのだと思います。サウンドだけではなく、彼のパーソナリティも重要でした。アーティストには、音楽以上のものがあります。俗物になってファンと距離を置くのであれば、その人はそこにいる資格はないのです。彼はファンを愛していました。パーティに行くよりも、家の前でファンと一緒に遊んでいたのを覚えています。彼はそういう人でした。人々は彼を愛し始め、子供たちは彼が世界で最も素敵な男の一人であることを知るようになりました。そして彼は彼らを愛していた。それは時に音楽よりも重要なことでした」

Q:エリックはあの時代の優れたドラマーの一人ですが、彼の功績と影響力はいつまでも過小評価されています。

「彼はいつも控えめで、キッスも過小評価されてきましたから、それは言うまでもありませんね。レコードの売り上げやRIAAのゴールド賞、プラチナ賞をすべてチェックすれば、80年代のキッス時代の素晴らしさが理解できるはずです。兄からの教訓は“一生懸命働けば、夢は必ず叶う。絶対にあきらめないで、自分がされたいように人に接すること。そうすれば、必ず成功する”というものでした」

Q:キッスは1990年まで『Hot in the Shade』のツアーを行っていましたが、そのわずか1年後の1991年にエリックは残念ながら亡くなりました。彼はツアー中に自分が病気であることを知っていたのでしょうか?

「いいえ」

Q:キッスは残念ながら、エリックがまだ生きている間に、エリック・シンガーと一緒に進まなければならなかった。エリックはそのことをどう思っていたのでしょうか?

「彼は、バンドが自分を待ってくれることを期待していたし、自分が良くなることを楽観していました。私には彼の正確な考えはわかりません」

Q:私にとってエリックのイメージは、ロックやメタルの歴史の中で最もパワフルなドラマーの一人ということです。彼が「God Gave Rock 'N' Roll to You Too」のビデオで、極度の緊張の中で演奏したことは、彼にとって常に伝説的な瞬間となるでしょう。なぜそれが彼にとって重要だったのでしょうか?

「彼はそこにいたかったのです。彼は1月初旬にそのアルバムのリハーサルを行いました。彼はそのアルバム(『Revenge』)に参加していました。撮影現場にいた人たちは、彼が “みんなの周りを走り回っている”と言っていました。みんなが寝たがっているのに、彼は続けようとしていました。彼は常に前進し続けようとしていたし、それが彼のやり方であり、彼はそれを愛していました。彼にはエネルギーがありました。音楽を愛し、バンドの一員であることを愛していたのです。私たちは皆、自分がやっていることを愛しているときには、自分の中に特別な力を見出すことができます」

Q:ピーター・クリスとの再結成は、エリック・カーが生きていたら実現していたと思いますか?

「いいえ、ないでしょう。仮にやるにしても、前半にピーター、後半に兄というスーパー・ショーになるだろうというビジョンは常に持っていました。やらない理由はないですからね。チケットの売り上げも飛躍的に伸びるだろうしね。見たくない人はいないでしょう」

Q:エリックには、ドラマーとしての人生で誇れる瞬間がたくさんありました。もしエリックが今ここにいるとしたら、キッス時代の最も誇らしい瞬間は何だったでしょうか? 彼が制作した中でお気に入りのアルバムは何ですか? あなたは?

「彼がリードボーカルを歌った“Little Caesar”。たくさんの良い曲があります。彼はそれを愛していた。彼が最も誇りに思ったのは、ファンが彼を愛し、受け入れてくれたこと。何年経っても、ファンが兄を受け入れ、愛してくれていることに疑いの余地はありませんでした。好きなアルバムは、二人とも『Creatures of the Night』でした」