HOME > ニュース >

ボブ・ディランの最新シングル「I Contain Multitudes」 中川五郎による全訳公開

2020/05/07 15:25掲載
メールで知らせる   このエントリーをはてなブックマークに追加  
Bob Dylan / I Contain Multitudes
Bob Dylan / I Contain Multitudes
ソニー・ミュージックジャパンインターショナルは、ボブ・ディラン(Bob Dylan)が4月にリリースした最新シングル「I Contain Multitudes」の中川五郎による全訳を公開しています。

以下インフォメーションより

4月17日(金)、ボブ・ディランは再び新曲を事前情報が無い中で突然デジタル配信した。
タイトルとなった「アイ・コンテイン・マルチチュード」は、アメリカの詩人ウォルト・ホイットマンの詩集『草の葉』に登場する一節。「I contain multitudes」というくだりは、人間から、社会、自然、宇宙に至るまで万物を詩作の主題としたホイットマンらしい、彼の信条を凝縮したフレーズである。
ザ・タイムズ紙のウィル・ホジキンソンは、「アイ・コンテイン・マルチチュード」について次のように書いた。「ディランは、ソングライティングにおける計り知れない深遠さと感覚が誰よりも優れているのを改めて思い知らされる」

■中川五郎の作品解題
3月27日に突然デジタル配信された「Murder Most Foul」に続いて、またしてもボブ・ディランのオリジナルの新曲が突如としてデジタル配信された。今回は一部の関係者に4月17日の午前0時(アメリカの東部標準時)きっかりにディランの新曲が配信される、その曲に関するディラン本人からのメッセージは一切なし、プレス・リリースもまったくなしという情報が伝わり、そのとおり日本では4月17日の午後1時に「I Contain Multitudes」というその曲が、YouTubeなどを通じて聞けることになったのだ。「I Contained Multitudes」という曲に関してぼくがあれこれ解説するようなことは何もない。とにかく歌詞を味わって、曲にじっくりと耳を傾けていただきたいということだけだ。
タイトルになっている「I contain multitudes」というフレーズは、アメリカの著名な詩人ウォルト・ホイットマン(Walter Whitman 1819-1892)の詩集『草の葉/Leaves of Grass』に収められている「Song of Myself」の章の中の51番の詩に登場しているフレーズだ。おそらくディランはそこから着想を得たのではないかと考えられる。
「Do I contradict myself, / Very well then I contradict myself / (I am large, I contain multitudes.)」と、「I contain multitudes」のニ行前には「contradict」という言葉も登場している。ディランもこの新しい曲の中で「I’m a man of contradictions」という言葉を使っている。
「I contained multitudes」の歌詞を翻訳するのにあたっていちばん腐心したのは、やはり曲の中で何度も繰り返し使われ、タイトルにもなっている「I contained multitudes」というフレーズで、どういう表現にしようか、どういう言葉を選ぼうかとさんざん悩んだが、「わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ」という日本語にすることにした。
ホイットマンの『草の葉』は、有島武郎、杉本喬、鍋島能弘、酒本雅之、富田砕花、富山英俊、木島始、飯野友幸(敬称略)など、これまでにたくさんの方々が日本語に訳されているが、たまたまぼくの手元にある飯野友幸訳の光文社古典新訳文庫の『おれにはアメリカの歌声が聴こえる…草の葉(抄)』のページをめくってみると、その部分は「おれは矛盾しているだろうか。 / まあそれでもいい、おれは矛盾しているのさ / (おれは巨大だ、おれは多様性をかかえている)」と訳されている。
 また飯野さんはその本の解説でこのフレーズと絡めて、「いや、愛されるより、愛する方が向いているようで、すべてを抱きしめ肯定しようとする思いはとどまるところをしらず、精神も肉体も、都会も自然も、同列に賞賛してしまう。『おれ自身の歌』51歌では、そんな自分の性格をあっけらかんと認めている」、「それゆえ、ホイットマンの言うことはあちこちで矛盾したり齟齬をきたしたりするが、それを批判してもあまり意味はない。額面どおりに受け取らず、この稀代の詩人の吹きまくる豪快なホラを味わっていただきたい」とも書かれている。これはホイットマンをディランに変えてもあながち外れてはいないようにぼくには思える。
 なんの資料も情報もない段階なので憶測だけで何かを言うことは避けた方がいいのだが、サウンド的に、アンサンブル的に、「Murder Most Foul」と「I Contain Multitudes」は、同じ時期に同じスタジオで同じミュージシャンと一緒にレコーディングされているような気がぼくにはしてならない。そしてもしかしてディランにはほかにも新しいオリジナル曲が何曲もあって、それらもすでにレコーディングしていて、それほど遠からずボブ・ディランのオリジナル曲中心の新しいアルバムが聴けるのではないかと期待してしまう。そしてたった2曲を聴いただけなのだが、ぼくはその2曲から、今のボブ・ディランは新型コロナウイルスの感染拡大によって大きく変わってしまうこの世界のことを、そして2年後には80代となる自分の年齢のことなどを強く考えていて、直接的では決してないだろうが、新しいアルバムはそうしたことが影を落としている作品になるのではないかと予想してしまう。

■歌詞翻訳
「アイ・コンテイン・マルチチュード」
今日、そして明日、そして昨日もまた
花は枯れていく、あらゆるものと同じように
ぴったりついておいで、わたしはベルリン映画祭に行くところ
あなたが一緒に来てくれなかったらわたしは平静さをなくしてしまうよ
髪型がちゃんとしているかどうか不安だし、それに血の争いもしてしまう
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

ポー氏のようにわたしの心も何でも告白してしまう「告げ口心臓」だ
民衆の壁には骸骨が埋まっているよね
わたしは真実とわたしたちが言ったことに乾杯しよう
わたしはあなたのベッドを共にする男に乾杯しよう
わたしは風景画を描き、そしてわたしは裸婦の絵を描く
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

赤いキャディラックと黒い口髭
わたしの指にはいくつもの指輪がキラキラと輝いている
教えておくれ、今度は何かな? わたしたちは何をするのかな?
わたしの魂の半分は、愛しい人、あなたのものだよ
わたしは老いぼれ わたしはすべての若き野郎どもと一緒に浮かれ騒ぐ
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

わたしはアンネ・フランクのよう、インディアナ・ジョーンズのよう
そしてあのイギリスの反逆児、ザ・ローリング・ストーンズ
わたしはギリギリまで行くんだ、最後まで突き進むんだ
失われたすべてものがまた取り返される場所へとまっすぐ行くんだ
ウィリアム・ブレイクのようにわたしは経験の歌を歌う
わたしが詫びるようなことは何ひとつとしてない
何もかもすべてがみんな同時に流れているんだ
わたしは犯罪大通りで暮らしている
スピードの出る車に乗って、ファーストフードを食べる
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

ピンクの花びらの売人、赤いブルー・ジーンズ
可愛い乙女たちみんな、そして年老いた恋人たちみんな
わたしのこれまでの人生の年老いた恋人たちみんな
わたしは4挺のピストルと2本の大型ナイフを身につけている
わたしは矛盾を抱え込んだ男、とんでもない気分屋
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

この強欲な老いぼれの狼め、おまえにわたしの心の中を見せてやることにしよう
でもすっかり全部じゃないよ、憎しみに満ちている部分だけ
わたしはおまえを密告してやる、おまえの首に値段をつけてやる
これ以上おまえに対して何が言えると言うのだろう? わたしは生と死と一緒に同じ一つのベッドの中で眠っている
消え失せろ、マダム、わたしの膝の上からどいておくれ
その口をわたしのそばに近づけないでおくれ
わたしは道を開けて通れるようにしておこう、わたしの心の中の道
どんな愛も置き去りにしないように気をつけよう
わたしはベートーベンのソナタをかけよう、それにショパンのプレリュードも
わたしの中にはいろんな面がいっぱいあるんだ

*聴き取った英詞を基に訳したものです。ご了承下さい。

■注釈
I contain multitudes…アメリカの詩人、ウォルト・ホイットマン(1819-1892)の「Song of Myself, 51」という詩の中に「Do I contradict myself, / Very well then I contradict myself / (I am large, I contain multitudes.)」というフレーズがある。
tell-tale heart…アメリカの詩人、作家のエドガー・アラン・ポーが1843年に発表した短編小説のタイトル。
All the young dudes…イギリスのロック・バンド、モット・ザ・フープルの1972年のヒット曲のタイトル。デヴィッド・ボウイ作でアルバム・タイトルでもある。
Indiana Jones…ジョージ・ルーカスとスティーヴン・スピルバーグによる冒険映画シリーズの主人公の考古学者。日本ではインディ・ジョーンズと呼ばれる。
William Blake…イギリスの詩人、画家のウィリアム・ブレイク(1757-1827)の1794年の詩集に「Song of Innocence and experience」がある。これは1789年に発表された詩集「Songs of Innocence」と1793年に発行が予定されながらも発表されることのなかった「Songs of experience」が合わされてひとつとなったもの。
boulevard of crime…19世紀にパリのBoulevard du Templeにある多くの劇場で犯罪がらみのメロドラマがよく上演されていたことから、この通りはBoulevard du Crimeというニックネームで呼ばれるようになった。この通りは1945年のマルセル・カルネ監督の映画「天井桟敷の人々」に登場する。
Pink petal-pushers…同じ名前の花屋や地ビールがアメリカにはあるが、これは偶然の一致か?

翻訳と注釈:中川五郎


■「I Contain Multitudes」