HOME > ニュース >

トレヴァー・ホーン、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド「Relax」の制作について語る 自身のレーベルと契約していなかったら「やらなかった」

2025/05/14 18:00掲載
メールで知らせる   このエントリーをはてなブックマークに追加  
Frankie Goes To Hollywood / Welcome to the Pleasuredome
Frankie Goes To Hollywood / Welcome to the Pleasuredome
トレヴァー・ホーン(Trevor Horn)は最近アップロードされた『Top 2000 a gogo』(2024年収録)のインタビューの中で、自身が手がけたフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(Frankie Goes To Hollywood)「Relax」の制作について語っています。ほとんど演奏できなかったバンドのプロデュースは大変で、自身のレーベルと契約していなかったら「やらなかった」と認め、「僕のレーベルと契約していたから、何とかしなければならなかったんだ」と語っています。

「(バグルスの)“Video Killed The Radio Star(邦題:ラジオ・スターの悲劇)”を引っ提げてヨーロッパ中を回った。たくさんの国のたくさんのテレビ番組に出演して、ずっと口パクだった。それを何度も何度もやらなきゃいけない退屈さで、アーティストでいるのが嫌になったんだ。本当にスタジオに戻りたかった。だって、そこが僕の原点だからね」

1983年。ホーンはイギリスの音楽番組『The Tube』で、当時まだ無名だったフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドが「Relax」の初期ヴァージョンを演奏しているのを観て、この曲が気に入ったという。そして…

「ある夜、スタジオから家に帰る途中、車の中でラジオでまたこの曲を聴いた。もう一度聴いたとき、この曲が本当に僕の心に強く残った。“本当にキャッチーな曲だな”と思ったんだ」

この曲に可能性を感じたホーンは、バンドを自身の新しいレコードレーベル「ZTT」にサインさせたいと考えましたが、激しい競争があるだろうと予想していました。

「他のレコードレーベルと戦わなければならないだろうと思っていたよ。すべてのレコードレーベルが彼らを狙っていると思っていたからね。でも、誰も彼らを欲しがらなかった。あまりにもゲイで暴力的すぎたから。

僕は、そんなことは全然気にならなかった。ただ曲に惹かれたんだ。曲を聴いた時、この曲には何かあると思った」

「Relax」は最終的には大ヒットしましたが、その制作過程は決して楽なものではなかったそうです。

「イエスと一緒に仕事をした後だったから、少し驚いたよ。イエスは70年代初頭から活動していて、数千回もライヴをこなしてきた素晴らしいミュージシャンたちだった。一方、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドは5回しかライヴをやっていなくて、ほとんど演奏できなかった。でも、彼らは僕のレコードレーベルと契約したので、どうすればいいか考えなきゃならなかったんだ。

もし僕が単に仕事としてやっていた他のアーティストだったら、僕は手を引いていただろうね。あまりにも難しすぎた。でも、彼らは僕のレコードレーベルと契約していたから、手を引くわけにはいかなかった。何とかしなければならなかったんだ」