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デヴィッド・ペイチ、自身が書いたTOTO、ボズ・スキャッグス、シェリル・リン、ジョージ・ベンソンの楽曲について語る

2022/08/16 16:19掲載
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David Paich
David Paich
TOTOデヴィッド・ペイチ(David Paich)は、Songwriter Universeのインタビューの中で、自身が書いたTOTO「Hold the Line」「Rosanna」「Africa」、ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)「Lowdown」「Lido Shuffle」、シェリル・リン(Cheryl Lynn)「Got to Be Real」、ジョージ・ベンソン(George Benson)「Lady Love Me」について語る。マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)とのセッションについても

Q:TOTOの前にボズ・スキャッグスと一緒にヒット曲「Lowdown」と「Lido Shuffle」を書きましたね。ボズとはどのようにつながったのですか?

「ボズとの仕事は、僕のキャリアとTOTOのキャリアを開花させるのにとても重要なものだった。(TOTOのドラマーである)ジェフ・ポーカロは、ギタリスト(兼シンガー)であるレス・デューデックのために、ある曲でプレイするよう呼び出された。ボズ・スキャッグスがプロデュースしていたんだけど、リズムセクションを埋めるオルガン奏者を探していて、僕に声がかかったんだ。幸運にもそこでボズに出会った。彼は次のアルバムで一緒に曲を書いてくれるキーボード奏者を探していた。そのあと、サンタ・イネスにある僕の父親の牧場に行った、そこに小さなグランド・ピアノがあったからね。ボズと僕は“Lido Shuffle”“Lowdown”“It's Over”“Jump Street”を書いた。このアルバムは変幻自在で、発表された当時としては非常に多彩なアルバムになったと思う。このアルバムでTOTOのリズム・セクションは確固たるものになり、ボズのツアーにも同行した。たくさんの経験を積んだことが、僕らのキャリアの出発点となったんだ」



Q:その約1年後、シェリル・リンのために「Got to Be Real」というポップ/R&Bのヒット曲を作曲・プロデュースしましたね。この曲はどのように作られ、シェリルとはどのようにつながったのでしょうか?

「シェリルのことを聴いた(ジャズピアニストの)父が、友人でCBS/ソニー・レコードの社長だったブルース・ランドバルに電話して“彼女と仕事をしたい”と言ったそうです。彼女はプロデューサーを探していました。偶然にも、その頃、僕は台頭してきていたので、ブルースは“君と君の息子でプロデュースしては?”と言いました。その後、シェリルと一緒になり、最初に弾き始めたのが“Got to Be Real”"のリフでした。彼女が歌い始めると、一気に盛り上がり、後にデヴィッド・フォスターを加えて完成。シャンパンを飲みました。その頃は、シェリルのレコードを作りながら、TOTOの最初のレコードも作っていた。多忙な青年だったね」



Q:TOTOの最初のヒット曲「Hold the Line」を書きましたね。この曲はどのようなきっかけで作られたのですか?

「初めて家を出てアパートを借りた。それからヤマハのアップライトピアノを手に入れて、それを弾き始めるとすぐに、このリフを弾き始めた。2、3日は弾き続けたかな。それで“演奏をやめろ!”とドアを叩かれるようになった。みんなに迷惑をかけてしまったよ。

その頃、TOTOは集まってリハーサルを行い、新しい曲を聴いて、実際にバンドとしてやっていけるかどうか確認していた。僕はこの曲を持ち込んで、(ボビー)キンボールに教えた。スティーヴ・ルカサーとデヴィッド・ハンゲイトもそこにいた。“Hold the Line”は、初めて演奏したときにレコードと同じような音がしたんだ。いいものができたと思ったし、結局トップ5になった」



Q: 1982年、TOTOはアルバム『TOTO IV』を発表し、「Rosanna」と「Africa」をヒットさせました。このアルバムの制作についてと、これらの楽曲をどのように作ったかについて話してもらえますか?

「3枚目のアルバム『Turn Back』の頃、レコード会社から“ヒット曲を含むアルバムを作るチャンスはもう1度だけだ”という状況を知らされた。そのあと、僕は仕事に取りかかり、“今まで書いた中で最高の曲を書いてみよう”と思った。

“Rosanna”を書き始め、僕が知っているヒット曲作りのすべてをこの1曲に込めようと思い、そのように組み立てた。バンドが優れたアレンジャーであり、優れたミュージシャンでもあるので、この曲はひとり歩きして、皆さんが聴くレコードになった。これはTOTOのサウンドがどのようなものか、よく表していると思う。すべてのプレイヤーが演奏しているのが聴こえてきて、それが進むにつれてどんどん盛り上がっていくんだよ」

Q: 「Rosanna」は女優のロザンナ・アークエットについて書かれたのですか?

「はい、彼女に会ったばかりだった。彼女に会うまで、曲のタイトルは決まっていなかった。彼女は、当時付き合っていたスティーヴ・ポーカロと一緒に僕のキッチンを歩いていた。彼女に会って、曲を演奏し始め、“Rosanna”をタイトルとして歌ったら、ぴったりとはまったんだ。彼女はこの曲に魅入られたんだよ」



Q: TOTOはL.A.出身のバンドですが、最大のヒット曲は「Africa」という曲でしたね。この「Africa」はどのような発想で書かれたのでしょうか?

「僕は心の中でも想像の中でも、いつも旅をしたいと思っていて、それがバンドを組んだ理由のひとつでもあるんだ。旅をして、世界を見て回りたい。子供の頃からテレビでアフリカの旅行記を見たりしていた。それをロマンチックに描いて、アフリカを訪れたい、せめてそれについて書きたいと思うようになった。

僕はヤマハのCS-80という新しい楽器を手に入れていた。それはまるでスティーヴィー・ワンダーの夢のマシンのようで、素晴らしいサウンドを奏でることができた。キーボードのスイッチを入れて最初に弾いたリフが“Africa”のイントロだった。それはまさに魔法のようだった。(レコードで聴くことができる)音はあったし、音に触発されて一部パートの音楽を書いたこともある。それで、そのパートができて、次に歌詞のメロディーを書き、そしてコーラスになった。コーラスの歌詞を歌い始めたら、“Bless the rains down in Africa”と呟いた。それで、曲のタイトルが決まった。自分の性格のさまざまな側面を包含した曲にしたいと思ったんだ。自分探しの歌のようなものだね」



Q:ジョージ・ベンソンに書いた「Lady Love Me」というヒット曲も好きです。この曲の作曲について教えてください。

「“Lady Love Me”はね、(ヒット曲の作詞・作曲者である)ジェームズ・ニュートン・ハワードが一緒にR&Bの曲を書きたいと言ってきたんだ。一緒に曲を書いたのはそれが初めてだったけど...彼は僕の親友のひとりなんだ。“Lady Love Me”を書いたとき、ジョージ・ベンソンが曲を探していたので、それを送ったら、結局彼がレコーディングすることになったんだ。どの手段とかは関係なく、このようなことが起こるのは、とても満足のいくことなんだよ。僕の場合はTOTOがメインだったけど、シェリル・リンやボズ・スキャッグス、ジョージ・ベンソンと一緒に曲を作ることができたのは素晴らしいことだった」



Q: あなたはマイケル・ジャクソンのセッションをはじめ、多くの素晴らしいセッションでキーボードを演奏していますね。マイケル・ジャクソンのヒット曲で演奏するのはどのような感じだったのでしょうか?

「それはもう、本当に楽しいし、集中できる。マイケルは“交響楽団やウィーン少年合唱団を使いたいなら、何でもやっていいよ”と言って、やりたいことや聴きたいことを何でも自由にやらせてくれるからね。僕はただのキーボード奏者だから“ここでのキーボードのアプローチにその一部を採用しよう”という感じだね。マイケル・ジャクソンの夢を音楽的で具体的なコンセプトに落とし込むのは、とても楽しいことだったよ。彼は完璧主義者で、世界で誰もが絶対に会いたいと思うような愛らしい人です。マイケルについては、アーティストとして、そして彼と仕事をすることに関しては、いくら言っても足りないくらいだよ」