Woodstock Music and Art Festival 1969
1969年の<ウッドストック・フェスティバル>の象徴的なポスターを制作したことで知られるアーティスト、アーノルド・スコルニック(Arnold Skolnick)が死去。息子のアレクサンダーはサイトDeadlineに、父親のアーノルドが6月15日に呼吸不全のために亡くなったと伝えています。85歳でした。
ニューヨーク州ブルックリンに生まれたスコルニックは、フリーランスとしてニューヨークの多くの広告代理店と共に働いていた。
1969年、ウッドストックのプロダクション・コーディネーターであるジョン・モリスから電話がかかってきた。ウッドストックでは当初、フィルモア・イーストのロックコンサートのポスターデザインで知られるデイヴィット・エドワード・バードにポスターデザインを依頼したが、バードのデザインは、裸の女性が骨壺を持ってポーズをとっているもので、不適切であると判断された。そこで、スコルニックに「何かいい案はないだろうか」と持ちかけた。
スコルニックは後に振り返り、「木曜日に依頼されて、月曜日の午後に持って行ったんだ」「ただの仕事だったのだが、有名になったんだ」と話していた。
スコルニックはポスターをデザインした時、ロックの大ファンではなかったという。
フランスの画家アンリ・マティスの作品に触発されたスコルニックは、色紙から形を切り取ってデザインを作成した。その結果、「全体が生き生きとしたものになった」と彼は後に説明した。当初はフルートの上に乗っている鳥をイメージしていたが、「フルートはジャズっぽいので、ギターにしたんだ」と話していた。
「とてもシンプルなものだった。この絵は、すべてを語っている」「平和と音楽。とてもカラフルで、人々はそれを忘れることがなかったんだ」とスコルニックはStamford Advocate紙に説明していた。
スコルニックはウッドストックの初日の夜に参加したが、あまりの人の多さに早々に退散した。ウッドストック当時30代前半だった彼は「もし、僕が16歳か17歳だったら、きっと楽しんでいただろうね」と話していた。
スコルニックは長年グラフィック・アーティストとして活躍し、その後、出版業に転身した。数十年にわたり、カメレオンブックスという自身の会社でアートブックを制作・出版していた。また、東海岸一帯のギャラリーで定期的に作品展を開催していた。