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ポール・ギルバート MR.BIGでの成功/特に日本での人気/陶芸家の父親との逸話などを語る

2021/07/21 17:36掲載
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Paul Gilbert
Paul Gilbert
ポール・ギルバート(Paul Gilbert)MR.BIGでの成功、特に日本での人気、そして「何かを作ってお金をもらう」という夢が生まれた陶芸家の父親との逸話などを、英Classic Rock誌のインタビューの中で語っています。

Q:多くの人がそうでない業界で、自分がクリーンな生活をしているという経験はどうでしたか?

「もし僕がMR.BIGだけにいて、ヒット曲を演奏するツアーだけを行っていたとしたら、もっとたくさんのお酒を飲まなければならないだろうね。僕のエネルギーや創造力の多くは、常に新しいことに挑戦しているからこそ生まれるものだから。

ミュージシャンの中には、才能や能力に溢れていても、ただ同じ曲を演奏しなければならない人もいる。イーグルスのようになるには“さあ、もう一回、ホテル・カリフォルニアに行こう”とならないと。時には、面白いことをするために、アルコールで自分を不自由にしていることもある」

Q:MR.BIGは1992年に世界的なヒットとなったシングル「To Be With You」で、一時的に大規模なバンドとなりました。どんな感じでしたか?

「素晴らしかったよ。そして、自分の力ではどうにもならないことだと感じた。僕に与えられたものであると同時に、気まぐれに奪われるものでもあるとも感じた。“To Be With You”がヒットした2週間は、観客が12歳の女の子に変わったのを覚えているよ。そして、その2週間が終わると、ドアがパタンと閉まり、ジーンズのジャケットを着た男たちが戻ってきたような気がする。僕たちは曲を作り、演奏するけど、それに対して人々がどう反応するかは彼らの手に委ねられている。それを予測することはできない」

Q:しかし、その名声は日本で長く続き、バンドは日本のスタジアムで演奏した。

「それがあって良かったよ。ツアーではファンに囲まれてホテルから出られなかったり、追いかけられないように駅のキッチンをこっそり通ったりしていた。まさにビートルマニアのイメージだね。その後、ラスベガスに戻ると、誰も気にしてくれず、クラブツアーをするのがやっとだった。食料品店に行くのも問題なかった」

Q:あなたのお父さんは陶芸家でしたね。父親から芸術家としての心構えを学んだことはありますか?

「何かを作ってお金をもらうという僕の夢が生まれたのは、ある日、ギャラリーのオーナーが来て、欲しい壺を選んだ時に、父がそれを売ってくれた時からだった。

僕が作ったカバの貯金箱が何個か棚に置かれていたんだけど、彼らから“何個か欲しい"と言われた。売り上げは8ドルだったかな。自分のやったことを誰かが気に入ってくれて、何かをくれることに意味がある。人間は誰でも自分を見てもらいたいと思うものだから。“ああ、これはいいね”と言われたい」