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若杉実×ピーター・バラカンのトークイベント『裏ブルーノート入門〜新たな聴き方教えます』 レポート到着

2017/10/17 18:28掲載(Last Update:2017/10/18 14:03)
裏ブルーノート / 若杉実
裏ブルーノート / 若杉実
『裏ブルーノート』刊行記念として行われた、著者の若杉実とピーター・バラカンというジャズを自分流に聴きまくっている二人によるトークイベント『裏ブルーノート入門〜新たな聴き方教えます』(10月10日 東京・世田谷の本屋B&B)。レポート到着

以下、シンコ-ミュージックより



写真左よりピーター・バラカン氏、若杉実氏

「裏ブルーノート」刊行記念として、著者の若杉実氏がゲストにピーター・バラカン氏を迎えたトークイベント『裏ブルーノート入門〜新たな聴き方教えます』が、10月10日下北沢本屋B&Bにて行われた。司会進行は本書の編集者が担当。

「裏ブルーノート」を書くきっかけ

──まず若杉さんに。この本を書こうと思ったきっかけから伺えますか?
若杉実(以下若杉):この本の骨子となる曲が3つありました。ギル・メレの「ザ・ギアーズ」(『ギル・メレ・クインテット、セクステット』)、リー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」(『同名アルバム』)、ボビー・ハッチャーソンの「プリンツ・タイ」(『サンフランシスコ』)。最初はリー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」を自分なりの視点で“この曲の成功している秘訣というのは一般的に言われているジャズ・ロック云々ではなく、長いイントロからテーマに切り替わる部分の「休符」にある”ということをある雑誌の連載で書いたら、“目からウロコ、そういう聴き方があるんだ”という反応があったんです。こういう聴き方は普通のジャズ・リスナーにはないかもしれないけど面白いのかな……と。そういう“新しい聴き方”の本があれば面白いのではと思ったのが書くきっかけです。世の中にブルーノートのことを書いた本はたくさんあって、これ以上いらないだろうという思いもあったんですけど(苦笑)、そういう中で書くんだったらどういうことができるかなと。
──今日いらしてるお客さんの中で、自分はコアなジャズ・ファンだっていう方いらっしゃいますか?(場内から手が挙がる)何人かいらっしゃいますね。
ピーター・バラカン(以下バラカン):許してください(笑)。
──バラカンさんはお読みいただいてどうでしたか?
バラカン:若杉さんが取り上げられているアルバムの内、僕は半分以上聴いていないんですよ。こういう本というのは知ってる人が読んでもそれはそれなりの面白さがあると思うんですけど、知らない人をどうやって聴く気にさせるかが勝負だと思う。さっき仰ったように、もうブルーノートの本なんかなくてもいい──と思うくらい、ブルーノート・レーベルが一つのブランドみたいになってしまってる。元々はモダン・ジャズも存在しない時代に一人のドイツ移民が始めた零細なインディ・レーベルで、ある時期まではその人の趣味で作ってレコードを出してた会社なんです。決して一般的に知られてるようなレーベルではなかったと思う。だから今はそのブランドが異常なくらい有名になってしまっていて。全部コレクションするとか、ファースト・プレスじゃなきゃいけないとか、そういうもの凄くマニアックな人たちがいますけど、別にそこまでしなくてもいいんじゃないのっていう所があります。だからこの本は普通の名盤ガイドと全然違うエッセイになっている。そういう意味でも、今回取り上げているのは必ずしも推薦盤というわけじゃない?
若杉:取り上げている以上、推薦する盤ですが(笑)、こういう説明になります──盤か文か、ということでは、ずばり文を優先した。新しい聴き方ができ、なおかつそれを面白く書けなければ、単純に好きなアルバムくらいではダメだろうと。じゃないと、“これはいい、おススメ”という、ありきたりの名盤紹介と同じになって、“裏”でもなんでもなくなる。

初めて出会ったブルーノート

──では、そろそろ曲を聴きたいんですけど。
若杉:“何が裏か?”というのもあるので、最初に“表”となる側面、〈初めて出会ったブルーノート〉という原体験を紹介しておきます。

♪「Midnight Blue」(『Midnight Blue』Kenny Burrell)

若杉:高校生のとき熱心に聴いていたFM番組「トランスミッション・バリケード」でこれがかかったのが最初。意識的にジャズを聴いたのもこれが初めてだったかと。正直、“なんて退屈なんだ、ジャズって”と思いました(苦笑)。番組は主にヒップホップとかダンス・ミュージックがマスターミックスで流れるという構成だったので、よりそう感じた。でも、そういう選曲の中にも数曲ジャズとかも入れられるようになったのは、例の映画『ビギナーズ』なんかの影響もある〈ジャズで踊る〉というやつですよね。どのみち退屈だったので、それ以降ほとんどジャズは聴かなかった。もちろん、聴くようになってからケニー・バレルは大好きなんですけど。
 このアルバムの1曲目はバラカンさんが好きな曲だそうなので、それを聴いてみましょう。

♪「Chitlins con Carne」(『Midnight Blue』Kenny Burrell)

バラカン:「チトリンズ・コン・カルネ」っていうケニー・バレルのオリジナル曲でラジオでよくかけます、大好きです。僕が初めて聴いたブルーノートのレコードはケニー・バレルがバックに入ってるジミー・スミスかもしれません。ただそのときはブルーノート・レコードっていうレーベルの名前さえ知らなくて──ジミー・スミスのコンサートを66年か67年にロンドンで見たんです。そのときのバックにケニー・バレルがいたかどうかは時期的になんとも言えないんだけど、ジミー・スミスはすごく好きだったのは覚えてます。
 そうだ、今思い出した。ブルーノートのレコードと知らずに初めて聴いたのは、同じくラジオ番組のテーマ曲に使われたアート・ブレイキーの「モーニン」でした。多分日本でも絶対どこかのラジオ番組でテーマに使ってるはずです、いかにもそのために書かれたような曲だし(笑)。あれは60年代半ばだったかな、リズム&ブルーズをかける夜の番組でした。多分タイトルも知らなかったんでしょうね、ラジオ番組のテーマってそんなものです。
──まだ幼かった頃ですか?
バラカン:中学生の頃──まだ子供ですよ、ジャズなんかほとんど知らない。でもカッコいいと思った、ちょっと大人っぽいしね。中学だとヒット曲しか聞いてないから、こういう曲に出会うと、おおって憧れるところはありました。
 僕の「原体験」といえば、ブルーノート・レーベルというのを知って聴いたのは意外と遅くてドナルド・バードの『ブラック・バード』。1972年に出た翌年、ロンドンのレコード店で働いているときに、まずジャケットがすごくカッコいいと思って。今はフュージョンとか色んなことを言われるけど、72〜73年はその走りですから、まだフュージョンがつまらなくなってないんですよ(笑)。そういう時代感覚を知らないと全部一緒になっちゃう。

♪「Flight Time」(『Black Byrd』Donald Byrd)

バラカン:ドラムは誰かな?ってジャケットの裏を見たら、ミュージシャンのクレジットがひとつもない(笑)。このアルバムは何回聴いたか分からないけど、どうして気にしてなかったんだろう──これはいわゆるジャズのレコードと思ったことはないですね。ブルーノート・レコードのことを全然知らずに聴いてて、レーベルを見たらブルーノートってあった──当時その程度だったんですよ。若杉さんの本にも取り上げられていて、メンバーを見たらトランペットはドナルド・バードですけど、ピアノでジョー・サンプルとか、ギターはデイヴィッド・T・ウォーカーとディーン・パークス、ベースにチャック・レイニーにウィルトン・フェルダー、ドラムズはハーヴィー・メイスンといった、むしろリズム&ブルーズやソウルの世界の錚々たるメンバーですよね。プロデューサーはマイゼル兄弟。たしかジャクソン5のデビューにも係わっていて、当時のロサンジェレスではアレンジャー、プロデューサーとしてかなり話題になっていた人たち。今調べたら、ライナーノーツにもミュージシャンのことは書いてない、珍しいね。
若杉:僕もこのアルバムは大好きです。ブルーノートの転換期で、アーリー・フュージョン/ファンクとして語られる作品。でも、それだけじゃ“裏”にはならないだろうと。そこで注目したのが、このジャケットの配色。赤と緑と黒、これは何を意味するんだろう?と。この色はパン・アフリカニズムの象徴なわけですよ。
バラカン:ああ、なるほどね。
若杉:赤が血、緑がアフリカの自然、大地、黒は黒人の地位向上を意味する──そこから探っていったんです。掘り下げていくとラスタファリズムにも影響を与えたジャマイカのマーカス・ガーベイ(黒人民族主義の指導者)に突き当たる。ドナルド・バードも大学では彼に関係した原理主義を勉強していたので、どこか接点がないだろうかって探ったら、中根中(なかね・なか)という日本人も浮上してきた。1930年代にデトロイトで黒人運動の指導者として活動していた、とんでもない人物。バードもデトロイト出身で……詳細は本を読んでいただければ。いずれにせよ、ここではそうやって推理を重ねていった。『ブラック・バード』といえば、フュージョン/ジャズ・ファンクの名盤で、マイゼル兄弟のプロデュースのもとで作られた、というのがこれまで語られてきたことだけど、それではあまりにもあたりまえすぎる。
──本の触れ込みにもありますけど、妄想とか、ここまで言うのかこの人は!といった切り口も色々な知識の下地があってのもので。
若杉:妄想というわけではなく、ウラありきの話になる。好き勝手に書いてるわけではなく、なぜそうなったのか押さえている所は押さえています。
──名盤紹介とはちょっと違う切り口で書かれたというのがポイントですね。ではまたレコードをかけたいのですが、若杉さんの好きな曲から。

♪「The Sidewinder」(『The Sidewinder』Lee Morgan)

若杉:1963年のリー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」。『ブラック・バード』より10年ほど前に録音された作品です。音の作りとかは違うんですけど、ロックの方面からジャズを取り入れたんじゃなく、ジャズの人がエイト・ビートを取り入れたジャズ・ロック……。
バラカン:63年だとまだロックっていう音楽が存在しないんですよ。それに、日本でいうジャズ・ロックと英語圏でのジャズ・ロックは全然違うものなんです。何々ロックっていうと、ロックが何かに寄っているというもので、これ(「ザ・サイドワインダー」)は強いて言えばファンク・ジャズ──でもまだファンクという言葉がなかったし、ソウル・ジャズともちょっと違うし、当時は独特の感じだったんじゃないかな。
若杉:そういうことも含めて、僕は日本のジャズ評論家たちがいう“ジャズ・ロックとしてコマーシャルな曲でヒットした”という所でも、ロックと混ざったものとも聴けなかったし、正に独特なもので。最初に言ったように、この本を書くとき一番最初の軸になっている曲がこの「ザ・サイドワインダー」だった。僕がカッコいいと思ったのは24小節の長いイントロの後に来る休符。それに気がついたのは、2002年のライアン・カイザーのヴァージョンを聴いて何か物足りないなぁと思ったとき、改めてリー・モーガンのオリジナルを聴き返したら、その休符の解釈が違うんですよ。“休符を休符として演奏”しているかどうか、というところで決定的に違う。この曲のカッコよさはこの休符の入れ方に尽きると思いました。これはジャズ方面の方には怒られるかと思うんですが、僕は元々ヒップホップとかサンプリングといった所から入ったので、頭の中でエディットするような聴き方をするんです。だからこの場面転換というか、文章でいえば行間読み的なものを感じて、でもそれは重要なことじゃないかなと思いますね。その休符が生かされるように入ってくるベースの鳴りもカッコいい。
バラカン:やっぱりベース・ラインは肝心ですよ、ジャズに限らずそうだと思う。シンプルだけどすごくカッコいい、ミュージシャン・クレジットを見たらボブ・クランショウでしたね。僕は70年代半ばくらいにサニー・ロリンズのバックでベースを弾いてる人として名前を知ったので、このレコードに入ってるのは知らなかった。ブルーノート・レーベルはこういうファンキーなことをやりながらも──例えば他のプレスティージのファンキーなものにもカッコいいのがあるんだけどちょっとB級だと思うんです──ブルーノートのは本当にカッコいい。アルフレッド・ライオン(ブルーノートの創設者)がプロデューサーをやっていた頃は、調整室で演奏を聴いている彼の身体が動いて踊り出しそうになったらそれがOKテイクになるという逸話があったくらい、彼は自分の本能的な反応を信じてたんじゃないかなという気がします。

ブルーノートの魅力(若杉)

若杉:ブルーノートが素晴らしい芸術品だと思うのはその音質です。あの音質が僕は好き。
バラカン:ブルーノートのほとんどのアルバムはルーディ・ヴァン・ゲルダーというエンジニアのスタジオで作っていて、そこは他のレーベルの録音もいっぱいやってるのになぜか不思議とブルーノートのは雰囲気が違う。
若杉:そうですね。今話にあったプレスティッジもそうだし、ヴァーヴ、リヴァーサイドとか色々やってますけどもブルーノートだけはどこか違う。ルディ・ヴァン・ゲルダーは“アルフレッド・ライオンの好みに合わせた音だ”と言うんですけど、温かみのある音質で、古くならないというか。
バラカン:50年以上前の音とは思えない、カッコいいもん、
若杉:それはやっぱり音楽性もそうなんだけど、音質が古くならない音質で、しかも今のCDやデータの時代みたいに硬くないし尖ってない。温かな丸みがあるのに古臭くならない音質、表面的にいうとそれがブルーノートの良さなんですけど。
バラカン:今のリー・モーガンの演奏を聴いてて、トランペットがほとんど肉声のように歌っている感じがしますね。コブシが凄く入ってる。よく聴いてる曲なんだけど、今日特別それを感じたのはなぜだろう(笑)。
若杉:有名な話で、ブルーノートはジャズの録音としては珍しくリハーサルを徹底していて、そのリハにもギャラを払っていたということですが。
バラカン:そうだそうだ、それをやっていたのはブルーノートだけだったみたいね。
若杉:他は、“ジャズはアドリブが命”と一発録りとかが多かった中で、しっかりリハを重ねて録ったテイクからいいものだけを選び、作品として完結させている所に、アルフレッド・ライオンのジャズに対する美学を感じますね。
──ではバラカンさんも一番好きな曲をかけていただけますか?
バラカン:一番好きな……というか、僕をブルーノートにぐっと近づけた曲をかけます。ベイビー・フェイス・ウィレットっていうオルガン奏者でブルーノートで2枚だけアルバムを出していて、その2枚目の方の『ストップ・アンド・リッスン』から

♪「Willow Weep For Me」(『Stop And Listen』Baby Face Willette)

バラカン:“不眠症の方、こんばんは”と言って始まる「ベイ・シティ・ブルーズ」っていうbayFM開局当時やっていた深夜番組のテーマ曲にしていました。このベイビー・フェイス・ウィレットとの出会いはジャズ批評という雑誌で、あるとき120数名が〈わたしの1枚〉を書く特別号があって、なぜか僕も原稿を頼まれたんです。掲載誌が送られてきたとき、ページをめくって筆者の名前を見たら、日本人じゃない名前は僕ともう一人ジョン・ゾーンだけで、彼が書いてたのがこのベイビー・フェイス・ウィレットのことでした。ジョン・ゾーンのことは少しは知っていたけど、ベイビー・フェイス・ウィレットっていうのは名前さえ知らないオルガン奏者だった。その彼の文章がとても面白くて、ものすごく聴きたくなったんです。当時「シティロード」という情報誌で連載コラムを持っていたから、“ベイビー・フェイス・ウィレットというミュージシャンについて知っている人がいたら教えてください”って書いたら、友だちの友だちがたまたまアメリカで手に入れた中古盤をカセットに落としてくれた。それを聴いたらものすごくカッコよくて、すぐにハマっちゃいました。それをまたコラムで書いて、その後だったかな、東芝EMIでブルーノートの制作をしていた行方さんから初めて連絡が来て、“ブルーノートのカタログから、ハモンド・オルガンのコンピレイション・アルバムを作る気はないか?”って誘われたんですね。日本でのジャズの専門家が嫌いな楽器はハモンド・オルガンとコンガだと(笑)。僕は子供の頃からハモンド・オルガンが大好きだったから、是非やりましょうということになって、ブルーノートのカタログ本を見たんですね。そうしたらオルガン奏者ではジミー・スミス以外知ってる名前がほとんどなくて、ジャズ辞典を調べてみても載ってない。1990年ですからインターネット以前の時代で情報すらない。でも選曲するにはある程度音源を揃えてもらう必要があるから、結局アメリカから取り寄せた30枚分くらいのオープン・リール・テープをカセットにコピーしてもらって、半年くらい車の中でず〜っとそれを聴きながら選曲したんです。それで90年の終わり頃『ソウル・フィンガーズ』というタイトルでCDが出ました。ちょうどその頃、さっき若杉さんが言ってた、ロンドンのDJたちの間でジャズを聴きながら踊るというのが流行ってて、たまたまそのタイミングに合った発売だったので東芝EMIもびっくりする程、10,000枚くらい売れました。結局ベイビー・フェイス・ウィレットがきっかけで、僕はブルーノートのレコードをたくさん聴くようになったんです。
若杉:今の話の中に出てきたジョン・ゾーンですけど、彼がベイビー・フェイス・ウィレットを好きだということを僕が知っていれば、この本の一つのストーリーの中の逸話として挙げてましたね。あの人はTZADIKってレーベルをやってたり、基本的にはフリー・ジャズ、アヴァンギャルドの人じゃないですか。でもオルガン・ジャズが好きというのは、僕としては正にそこがポイントで。どんなアーティストでも“裏”があるというか、奥深いリスニング体験って絶対表面には見えないものがあると思うんです。それで、実はその後色々調べたら、ジョン・ゾーンが90年代に映画音楽だけを集めた『フィルム・ワークス』というのを出していて、その中に「セックス・ショップ・ブーガルー」という曲がある。まさにオルガン・ジャズをやってるんです。ここでベイビー・フェイス・ウィレットとの接点があるんだなぁと思いました。
バラカン:90年代の前半かな、六本木にあったピットインでジョン・ゾーンのネイキッド・シティっていうグループのライヴを見たことがあって、そのとき、極端なことを言えばまるっきりジャンルが違うような1分くらいの曲を次々と演奏するのがものすごく面白くて。その中でも突然ジョン・パットンの曲をビル・フリゼル(g.)やフレッド・フリス(b.)をはじめとした凄いメンバーが演奏して、“次は偉大な作曲家ブライアン・ウィルスンの曲をやります”ってジョン・ゾーンが言ったんです。そうしたら客席で誰か笑ったから、彼は“何言ってんだバカ! ブライアン・ウィルスンが偉大な作曲家だというのをお前は知らないのか”って本気で怒っちゃって。“じゃあ、次の曲は「Jazz Snobs Eat Shit!」”(笑)ってすごいパンクな曲をやって、ジョン・ゾーンって面白い人だなって思った。

【休憩】

バラカン:休憩中に流していたのは、セロニアス・マンクが初期短い間ですけどブルーノートにいたときに録音した曲で、ちょうど今日(10月10日)はマンクの生誕100年です(場内拍手)。

ブルーノートの魅力(バラカン)

──では後半に入りますが、バラカンさんが考えられるブルーノートの魅力というかポイントはなんですか? 先ほど若杉さんは音質って仰ってました。
バラカン:時期にもよりますけど、さっき言ったアルフレッド・ライオンがまだ会社を経営していた時代は彼の好みが色濃く反映されてるんですけど、1967年にリバティっていう会社にブルーノートを売っちゃうんですね。それで彼が退いて、その後リバティがユナイテッド・アーティスツというレコード会社に吸収されて、70年代初頭ブルーノート・レーベルがニューヨークからロサンジェレスに移ります。そうなるともうだいぶ変わってしまって、アルフレッド・ライオンの好みとはまったく関係なくなって。カッコいいレコードもありますけど、最終的には一レーベルになっちゃいます。今のブルーノートというのは、ユニヴァーサル・ミュージックの中の良心的な方針を持ったレーベルではあります。だからブルーノートは色んな時期に色んなカラーが変わってくるんですけど、それはそれで。僕がブルーノートの作品をものすごくたくさん知ってるというわけじゃないから、その中から自分が好むようなものを独自に選んでるような勝手な人間なので(笑)。全体的にいえば70年代はちょっと個性が薄くなったかな。さっきのドナルド・バードみたいにいい作品はありますけど、ちょっと商業主義に走リ過ぎたかな……というものも多かったような気がします。アルフレッド・ライオンがやってた時期はそれぞれ好みはあるでしょうけど、音楽としてのクォリティの高さはかなり維持されていたような気がする。
若杉:たしかにさっきの『ブラック・バード』は商業的ともいえなくもないけど、同じフュージョンとして他のレーベルのコマーシャルなものと比べると異様にレベルは高いんですよ。
バラカン:たぶん、75〜6年くらい以降になると、いわゆるフュージョンと呼ばれるようになって、本当に水で薄めたような売れるために作られたレコードってすごく多くなってきますよね。だから72〜4年くらいがピークじゃないのかな、フュージョンって呼ばれてなくてクロスオーヴァーって言葉があったりしましたけど、まだ色んなジャンルのミュージシャンたちがそれまでにないものを模索してて、比較的面白い作品がまだあった時期だと思います。ハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』がものすごく売れちゃって、この路線を行けば売れると彼の二番煎じを狙ったものが多くなったんじゃないかな。ブルーノートは比較的そういうのは少ないかもしれません。
若杉:そうですね、仰る通りだと思います。あと、ここには音源を持ってこなかったけど、本では触れられてるジーン・ハリスというピアニストもいい。ザ・スリー・サウンズというピアノ・トリオで50年代からやってきた人がソロになって、70年代も作品を出し続けるんですけど、ラテン的なものとか、独自のクロスオーヴァー感をもとに新しい音を作っている良質な作品があるんです。
バラカン:ザ・スリー・サウンズもヒット作はないと思うけどブルーノートで何枚も出したトリオですよね。特に目新しいことをやってるわけでもなんでもないけどカッコいいんだよね。

ブルーノートの新しい聴き方

──では、次のテーマで、今またジャズが色々盛り上がっている状況の中で、新しい人たちが出てきてますけど、そんな今だからこそブルーノートをこんな風に聴くのが新しいんじゃないか──というお題がありまして、若杉さんからご紹介いただけますか。

♪「Prints Tie」(『San Francisco』Bobby Hutcherson)

若杉:ボビー・ハッチャーソンがハロルド・ランドというサックス奏者と一緒にやっている1971年の『サンフランシスコ』から「プリンツ・タイ」という曲です。月並みな言い方をすれば音響系を通したジャズというか、ポスト・ロックみたいな解釈として聴ける。最初に話した、この本の起点となっている一曲です。この「プリンツ・タイ」に関して、“こういう面白い曲がある”と指摘している記事にこれまで触れてきたことがなくて。唯一というか、ネット時代になってわかったのが、かつてあったイギリスの雑誌「ストレート・ノー・チェイサー」が編集したコンピCDに、唯一この「プリンツ・タイ」がそういう視点で選ばれていて──“ああ、やっぱりあそこらへんの好き者は鋭いな”と。ヒップホップのサンプリング好きでさえ、この曲をスルーしているというか。それで、さらに調べていったらこういう曲もあった──というのをかけます。

♪「Prints Tie」(『Geronimo』Geronimo)

──これはブルーノートですか?
若杉:いえ。サンプリングでもなく、2007年に出たジェロニモというサンフランシスコのハードコア系ロックで、ザ・ロカストのジャスティン・ピアソンの「31G」レーベルからの一枚。他の曲は後から聴いてもらえればわかるようにハードコアそのものなのですが、このアルバムの一番最後に「プリンツ・タイ」を演奏でカヴァーしてる。こういう人たちがボビー・ハッチャーソンの知られざる曲を聴いてるなんて、実に意外というか面白いじゃないですか。裏ブルーノートの真骨頂と言ったら言い過ぎですけど、“裏”を象徴する曲だとおもう。
──バラカンさんとしては、“今だからこれを聴いたら面白い”というのはありますか?
バラカン:新しい作品という意味じゃなくて?
──今聞いたら新しい魅力が見える──とか。
バラカン:じゃあ、“え、ブルーノートでこんなの出してるの!?”ってビックリした面白いアルバム、サブー・マルティネスという人の『パロ・コンゴ』を。キューバのパーカッショニストで、アルセニオ・ロドリゲスって、トレスというギター楽器の一種の有名な奏者が大きくフィーチャーされているアルバムです。

♪「Choferito-Plena」(『Palo Congo』Sabu)

バラカン:マーク・リーボーが偽キューバ人バンドを作りまして、98年に『Cubanos Postizos』というアルバムを出したんですけど、その最後に入っているのがこの曲なんです。それで曲のオリジナルを探してこのアルバムを知ったんだと思います。ともかくブルーノートがこんなのも出してるんだと驚きました。このレコードはさっき言ったアルセニオ・ロドリゲスのギターとベーシスト以外は全員パーカッションとヴォーカルという、ブルーノートではこれ以外ないかもしれないというアルバムです。これは57年だから今から60年前か、でも古い感じがしないんですよ。
若杉:そこなんですよ。『パロ・コンゴ』のサブ・タイトルが「異色」なんですけど、僕は「黄色」だと書いて──ジャケットの色なんですけど──(笑)、何故かっていうと、これは異色じゃなく、これぞブルーノートの真実じゃないかなと僕は思ってるんです。ルディ・ヴァン・ゲルダーの透き通ったまろやかで古くならない音質が見事なまでに表れている。サブーのアルバムってラテン系のレーベルにいっぱいあるんですど、音質も悪いものが多くて、楽曲としてもあまりよくない。ラテンの好きな人にサブーのアルバムで何が一番好きか?って聞くと、『パロ・コンゴ』を挙げる人がほとんどだとおもいますよ。結局ブルーノート、ジャズを基準にしちゃうと異色なんでしょうけど、ラテンとか色々聴いてる人にとって、尚かつサブーを起点にすると王道にしてベストなんですね。演奏もそうなんだけど、ブルーノート・マジックと呼ばれる音質を含む、芸術性の高い作品を作ったという意味では、僕にとっては全く異色じゃないんです。アフロ・キューバンとしての完成度は高いし、曲も素晴らしい、これぞ本物だと。

ブルーノートへの期待

──ではそろそろ時間なのですが、今後のブルーノートに期待すること、ということではバラカンさんいかがですか?
バラカン:90年代くらいからブルーノートはだいぶ違う路線のレコードを出すようになってきましたね。その口火を切ったのがカサンドラ・ウィルスンかな。
──今のノラ・ジョーンズにつながる……。
バラカン:ノーラ・ジョーンズはまた別のタイプですよね。カサンドラはジャズ畑から出てきた。ブルーノートでは、つい先日スイート・ピー・アトキンスンというウォズ・ノット・ウォズのヴォーカルをやっていた人のソロ・アルバムが出たりとか。今、ブルーノートの社長はドン・ウォズですから驚くことではないんですけど、相変わらず面白いアルバムをたくさん出してますね。期待すること──商業主義に走り過ぎないことだけ期待したい、といったことかな。あとは色んな面白いレコードを出してくれれば、それはそれでいいと思う。
若杉:期待すること──、あ、その前にちょっと1曲聴いてもらっていいですか

♪「Ice Cream」(『Concert』George Lewis and his New Orleans Stompers)

若杉:これはジョージ・ルイスというクラリネット奏者の「アイス・クリーム」という曲で、ディキシーランド・ジャズの定番曲ですけど、この人の出世作にもなった。今までブルーノートのモダン・ジャズを紹介してきましたけど、逆にこういった戦前ジャズ、20〜30年代の古いタイプに魅力を感じる聴き方を発見できたんです。ラップのように韻を踏んだノヴェルティ・ソング的な歌で、実際にRZAのリリックにも引用されている。そういうことも含めて、例えばエレクトロニカの手法でこうしたデキシー系を再構築するのも面白いのかなと。現行のブルーノートではロバート・グラスパーとかが有名でヒットしてますけど、R&B的なものとかヒップホップ的なものをミックスしてやるというのは、もはや手垢かなと僕は思っている。細かいところでは新しさもあるのでしょうけど。いずれにせよ、“折衷”という合理性ではなく“解体、再構築”くらいの創作性を求めたい。もっと意外性のあるものを。〈今後のブルーノートに期待すること〉ではないですけど、そういう作品とかも出てこないかなぁ。
──では、バラカンさんも何か1曲最後に。
バラカン:じゃあさっきカサンドラ・ウィルスンの話をしたんですけど、彼女の93年に出た『ブルーライト・ティル・ドーン』。これが出たことで色々とジャズの概念が変わったと思うんです。一つは楽器編成がガラリと変わりました。それまでのジャズ・ヴォーカルというとだいたいピアノ・トリオがバックということが多かったんですが、このアルバムはたぶんピアノが全然入ってないと思います。ギター、ヴァイオリンといった弦楽器、トランペットがちょっとと、あとはパーカッションがメイン。ジャズ・ヴォーカルの世界ではそれまでにはなかったんじゃないかな。それと楽曲もスタンダードの曲が1曲目の「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」だけで、ロバート・ジョンスンとかジョーニ・ミチェルやヴァン・モリスンの楽曲を取り上げてて、楽器編成という意味でもレパートリーという意味でも、ジャズ・ヴォーカルが解放されたアルバムだったと思うんですね。じゃロバート・ジョンスンの曲「ヘルハウンド・オン・マイ・トレイル」を。

♪「Hellhound On My Trail」(『Blue Light 'Til Dawn』Casandra Wilson)

バラカン:曲がかかってるときに若杉さんが言ってた『ニュー・ムーン・ドーター』はこの次のアルバムで、それはもう大傑作。カサンドラの中で一番好きなレコードです、96年の作品かな。でもこの『ブルー・ライト・ティル・ドーン』は、これですごく変わったというのが大きいかなと持ってきました。
若杉:これをプロデュースしているクレイグ・ストリートというのが肝で、録音場所から何から凄く計算されている。古い楽曲も新しい解釈で聴かせるというのが面白い。
バラカン:この時のブルーノートの社長はブルース・ランドヴァルで、彼はもっと有名なプロデューサーを使いたかったそうなんです。けれどカサンドラ・ウィルソンは“そうじゃない……”と悩んでいて、ある日同じビルに住んでいたクレイグ・ストリートに、“プロデューサーで悩んでる”ということを相談したら、“悩んでるの? 僕だったらやるよ”と引き受けてくれてデモを録った。彼はエンジニアリングの経験はあってもまだプロデュースするのは未経験だったけど、カサンドラはそのデモをブルーノートに聴かせて説得した──ということです。
若杉:クレイグはジプシー・キングスの2004年の『ルーツ』というアルバムもプロデュースしていて、僕はそれが大好きなんですよ。17世紀からあるという、フランスの片田舎にある農家の倉庫をスタジオにして録音していて、音だけじゃない空気感が滲み出ている。今のバラカンさんの話を聞いて、彼が典型的なスタジオマンじゃなかったという所がこの本と同じかなと思いました。専門的じゃないからこそ面白い発想ができるのかなぁと。
バラカン:本当にそうだと思う。それと、カサンドラみたいにアーティストが説得しても、それが可能なレーベルと可能じゃないレーベルがあって、この場合はブルーノートがそれだけの柔軟性を持っていたから良かったな……と思います。
──それではそろそろ時間となりました。本日は皆様お集まりいただきありがとうございました。バラカンさん、若杉さんありがとうございました。

※バラカン氏のご要望により、バラカン氏の発言では固有名詞のカタカナ表記が、レコード会社表記や一般的な表記と一致していない場合もありますことをご了承ください(例:ロサンゼルス→ロサンジェレス、セロニアス・モンク→セロニアス・マンク)
●『裏ブルーノート』
若杉 実 (著)

※以下、インフォメーションより

ジャズのレコードの中でも、語り尽くされてきた感のあるブルーノート・レーベルの作品たち。本書では、「渋谷系」「東京レコ屋ヒストリー」といった著書で話題を呼んだDJ世代の論客・若杉実が、独自の視点でブルーノートのアルバムを論評。音楽だけにとどまらない幅広い知識と視野を自由自在に駆使しつつ、時には逸脱や脱却し、更には妄想や暴走(?)も絡めながら、これまでにないような、王道のジャズ評論家/ジャズ・ライターには書けない一冊となっている。つまり、これまた話題を呼ぶこと必至のジャズ本なのだ。えっ、このアルバムにはこんな背景が? この曲はこんな解釈が出来るの?など、ジャズを知っていれば知っているほど新たな発見も多いはずの本書は、その一方でビギナーの指南書にもなり得るポテンシャルにも満ちている。