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『ブラタモリ』 「箱根」編「湘南」編「佐賀・有田」編が放送決定

2018/09/15 01:28掲載
ブラタモリ
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『ブラタモリ』、箱根、湘南、佐賀・有田へ。「箱根の温泉 〜箱根はなぜ NO.1の温泉に登りつめた?〜」編が10月6日(土)に、「湘南 〜湘南人気のヒミツは“いとしのヘリ”にあり♪〜」編が10月13日(土)に、「有田焼 〜なぜ“世界の有田焼”になった?〜」編が10月20日(土)と27日(土)にNHK総合で放送されます。

■NHK総合『ブラタモリ』

●「箱根の温泉 〜箱根はなぜ NO.1の温泉に登りつめた?〜」
2018年10月6日(土)午後7時30分〜8時15分



箱根を訪れるのは3回目になるブラタモリ!今回は温泉です。
箱根の年間温泉入湯客数は、なんと553万人!全国でダントツ1位ですが、江戸時代の番付では幕内の「前頭」でしかありませんでした。箱根の温泉は、なぜNO.1に登りつめたんでしょう?タモリさんが箱根湯本や強羅の温泉街を登山電車やケーブルカーでめぐりながら、知られざる“箱根の一大開発計画”に迫ります。
まずは「箱根温泉発祥の地」へ!実は江戸時代まで箱根湯本の温泉街は今の箱根湯本駅から少し離れた所にありました。奈良時代に発見され今も使用されている源泉。それを管理しているのが江戸時代から続く箱根湯本の旅館です。かつて箱根の旅館には「七湯の枝折(しおり)」という巻物が置かれていました。①湯本、②塔ノ沢、③堂ヶ島、④宮ノ下、⑤底倉、⑥木賀、⑦芦之湯。古くからある箱根の7つの温泉、それぞれのお風呂の入り方を書いたルールブックです。タモリさんはその挿絵に興味津々!後に、この枝折が人々に意外な使い方をされるようになります。その使用方法とは・・・?
続いて最新型の登山電車でタモリさんが向かったのは終着駅の「強羅」。今では温泉地として有名ですが、もともとは箱根七湯にも入っていない巨石が転がる荒地でした。そこを明治時代、最高級の高原リゾートとして開発する計画が持ち上がったんです。別荘地のために登山電車をひき、日本初のフランス式庭園「強羅公園」を造りました。強羅から見える「大文字焼き」も、今では当たり前の「温泉」も全て別荘のために用意されたものだったんです。今回は特別に今も残るかつての別荘にお邪魔しました。広さ600坪!高低差と巨石を利用した独特の佇まいにタモリさんも「素晴らしい!」を連発!
強羅の最高級高原リゾートのために用意されたものはもう1つあります。実はそれこそが箱根がNO.1温泉になるための重要な役割を果たすことになるんです。強羅からの急勾配を上るためケーブルカーに乗ったタモリさん。そこで気づいたものとは・・・?
箱根の山に点在する温泉の多くは、川沿いの比較的なだらかな斜面。なぜその場所ができたのか?
そして、かつて強羅の別荘地に温泉を用意したその方法とは!?
地形、地質、街の開発、そして乗り物!ブラタモリの魅力満載の「箱根の温泉」お楽しみに!

●「湘南 〜湘南人気のヒミツは“いとしのヘリ”にあり♪〜」
2018年10月13日(土)午後7時30分〜8時15分



ブラタモリ、湘南へ!
今回の舞台は関東随一のビーチリゾート“湘南”。江の島、鎌倉、海の家にサーフィン、そしてサザンオールスターズ・・・そんなイメージの湘南ですが、そもそも湘南ってどこ?そして湘南の人気のヒミツが“いとしのヘリ”ってどういうこと?タモリさんが神奈川県南部、海沿いの街をめぐりながら湘南が現在のような人気スポットになった経緯と知られざる“作戦”に迫ります。
まずは「湘南とはどのあたりなのか?」江の島を望む海岸で聞き込み調査。ところが答えはバラバラ。そこでタモリさんが向かったのは江戸時代に湘南と呼ばれ、その後明治時代に海水浴に理想的な海岸として選ばれた場所。海水浴が最先端の療養とされていた当時、日本の政治の中枢を担う人々の別荘が立ち並んでいました。そんな“湘南発祥の地”とは果たして・・・?
さらに加山雄三、サザンオールスターズを輩出した茅ヶ崎へ。実は茅ヶ崎は明治時代、湘南ブランドに乗り遅れた町でした。その理由は吹き付ける砂。そうです、サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」にも歌われた「砂まじりの茅ヶ崎〜♪」でした。そのリゾート地に向かなかった「砂」を逆手に取ったあるイメージ戦略がありました。茅ヶ崎が湘南の代名詞になった作戦とは・・・?
湘南の発祥からイメージ戦略、そして湘南のすべてを支えている“いとしのヘリ”の正体を余すことなくお伝えします。茅ヶ崎沖に浮かぶ烏帽子岩(エボシイワ)に上陸したタモリさん。
たどりついた「湘南ってどこ?」の答えとは!?

●「有田焼 〜なぜ“世界の有田焼”になった?〜」
2018年10月20日(土)午後7時30分〜8時15分



ブラタモリ、佐賀・有田へ!
今回の舞台は、佐賀県の有田町。大型連休の陶器市には100万人以上を集める焼き物の町です。実はここ、日本の磁器発祥の地!江戸時代にはヨーロッパ貴族の間でも大ブームを巻き起こし、現在まで「世界の有田焼」の産地として知られています。どうしてそんな奇跡が起きたんでしょう?そこには、磁器作りにうってつけの極上の粘土、制作に欠かせない動力、窯焼きにぴったりな地形といった、有田ならではの自然が大きく味方していました。最高の焼き物作りにゼロから挑んだ人々の知恵と工夫に、タモリさんが迫ります。
まずタモリさんが向かったのは、ドイツの宮殿を再現した有田焼テーマパーク。その迫力にタモリさんも絶句!館内には最高級の有田焼がずらり。選んだ作品で性格がわかるという特技をもつ案内人が言い当てた、タモリさんの意外な性格とは?万国博覧会にも出品された超巨大花瓶、驚きの制作の秘密とは?
有田焼誕生の原点を求めて訪れたのは、なんと採石場!実はここ、江戸時代、「陶石」という粘土の原料になる真っ白な石が日本で最初に大量に見つかった場所。奇跡の石を生み出した理由、それは溶岩が数万年かけて作った「岩の煮込み」だったってどういうこと?
かつての火山と火山の谷間にできた有田の町。この地形も焼き物作りにぴったり!川底に広がる謎の岩盤、そこに空いた不自然な穴…?これこそ、粘土作りに欠かせないスペシャル装置の痕跡だった!
険しい山が連なる中、なぜか顔をのぞかせるなだらかな斜面。これこそ、大量に有田焼を作る上で必要不可欠な地形。「絶妙の斜め15度」、その驚きの利用法と斜面誕生の秘密とは?
窯のレンガを再利用した美しい壁に、使われなくなった煙突の楽しすぎる利用法。世界の有田焼誕生を支えた自然の奇跡と、人々の知恵。その真実が続々と明らかに!

●「有田焼、世界へ 〜なぜ“世界の有田焼”になった?〜」
2018年10月27日(土)午後7時30分〜8時15分



今回の舞台も、佐賀県の有田町。大型連休の陶器市には100万人以上を集める焼き物の町です。実はここ、日本の磁器発祥の地!江戸時代にはヨーロッパ貴族の間でも大ブームを巻き起こし、現在まで「世界の有田焼」の産地として知られています。どうしてそんな奇跡が起きたんでしょう?そのきっかけとなったのが、400年近い歴史をもつ「柿右衛門窯」、途方もない手間ひまをかけた絵の具で作られる「赤絵」、そして陰の立て役者・「碍子(ガイシ)」。最高の焼き物作りにゼロから挑んだ人々の知恵と工夫に、タモリさんが迫ります。
タモリさんは国の重要無形文化財・「柿右衛門窯」へ。余白を生かして磁器の白さを引き立て、美しい絵付けで彩る「柿右衛門様式」という独特の絵柄を生み出し、世界に飛躍するきっかけを作った場所。今回は特別に、15代酒井田柿右衛門さんご本人の案内で制作現場を拝見! 真っ白でデリケートな粘土を器の形にしていく、江戸時代から続く熟練のろくろ技とは?美しい色を器につけるのが「赤絵」。一生その作業だけをやり続ける職人たちの徹底した分業体制。筆先にこめられた、ハイレベルな絵付けの技術とは?そして最高の職人たちを取りまとめる総合プロデューサー・柿右衛門さんの仕事場にまでおじゃま、創作の秘密が明らかに! タモリさん、未来の16代目とも対面!?
美しい「赤絵」のカギとなるのが、なんといっても「赤」。かつて赤絵職人が集まっていた「赤絵町」で今も極上の絵の具を作り出している職人を直撃!完成に10年もかかる、途方もない努力にタモリさん絶句!
明治以降も世界的な評価を浴びた有田焼。その意外なサポーターが、電線に取り付けられる絶縁体「碍子」だった…て、いったいどういうこと?人間の知恵と工夫と努力が世界の有田焼を生み出した奇跡に、タモリさんも思わず感動!

https://www.nhk.or.jp/buratamori/yokoku.html#hakone